vol.92 オレイユ・ド・シャ
ビーナスライン醸造場
小出徹さん、夕希さん

地元の美しい風景を守るために
家族で営むワイナリー

vol.92 オレイユ・ド・シャ<br>ビーナスライン醸造場<br>小出徹さん、夕希さん<br><br>地元の美しい風景を守るために<br>家族で営むワイナリー

茅野市初のワイナリー

2023年3月、すでにワイン特区を取得していた原村に、茅野市と富士見町を加えた「八ヶ岳西麓ワイン特区」が国から認定を受けました。それにともない信州ワインバレーに新しく八ヶ岳西麓ワインバレーが形成されました。桔梗ヶ原ワインバレー、千曲川ワインバレー、日本アルプスワインバレー、天竜川ワインバレーに加えて、5つ目のワインバレーの誕生です。

原村は標高が高く冷涼な気候ですが、地球温暖化などで平均気温が上がってきたこと、晴天率が高く昼夜の寒暖差が大きいこと、山や谷が少なく日照時間が長いことなどからワイン用ぶどうの栽培適地として注目されているエリアです。

そんな追い風のなか、2023年10月、茅野市初のワイナリー「オレイユ・ド・シャ ビーナスライン醸造場」が開設されました。小出徹さんが家族と営むワイナリーです。

ワイナリー名の「オレイユ・ド・シャ」はフランス語で「猫の耳」のこと。自社畑から見える小泉山(こずみやま)と大泉山(おおずみやま)を猫の耳にたとえて名づけました。民話『でいらぼっち』にも登場する地元に愛される山で、小出さんが最初に植栽した畑は猫の額の部分に位置しています。
 

左が大泉山、自社畑を挟んで右が小泉山。見晴らしが良く、中央に甲斐駒ヶ岳が見える

徹さんは茅野市で生まれ育ち、地元でIT系の仕事をしていましたが、過疎化や高齢化で農地転用が進み、太陽光パネルが増えていく様子が気になっていました。母方の実家がある塩尻市で小さい頃からぶどう畑を見て育ち、その風景が大好きだった徹さんは、散歩中に思わず「ぶどう畑にすればいいのに」と呟きます。

すると連れ立って歩いていた妻の郁子さんから「じゃあ、あなたがやればいいじゃない」と予想外の返事がありました。こうして地元の風景を守るため、妻に背中を押されてワイナリー開設を目指すことになったのです。
 

長野県を中心に技術指導するDNO(フランス国家認定醸造士)の榎本登貴男先生の教えをもとに樹液の流れを大切にしながら剪定する。「最近、茅野市でワイン用ぶどうを栽培する人が増えてきました。実績をつくって次の人が安心して参入できるようしたいです」
大きく立派に実ったピノ・ノワール。「病気になりやすいといわれるピノ・ノワールも、なんとか無事に実ってくれました」(徹さん撮影)

2017年にコンピューター会社を退職し、山梨県北杜市のワイナリーへ転職。栽培や苗木の作り方を学びました。翌年、ワイナリーに勤めながら千曲川ワインアカデミー4期生となり、学んだことをすぐ実践できるよう、自社畑にシャルドネやメルローなどを植栽しました。

ワイン用ぶどうの栽培をはじめると、娘の夕希さんが仕事の合間に手伝うようになりました。徹さんは「一緒に働けることがうれしかった」と言います。だんだん規模が大きくなるにつれ、夕希さんもワイナリー中心の生活になりました。

ぶどうの支柱は郁子さんと夕希さんがはしごにのぼりハンマーで打ち込みました。「うちのワイナリーは女性がたくましいんです」と徹さんは笑います。
 

茅野市は8月中旬からヴェレゾンがはじまる(徹さん撮影)
「まずは健全なぶどうを育てることが大切」と徹さん。手塩にかけて育てたぶどうが、どんなワインになるのか楽しみにしている

15アールからスタートした畑の様子を見た地元の人から「うちにも畑があるよ」と声がかかり、2023年には2.4ヘクタールに増えました。「耕作放棄地にしたら後が大変ですから、そうなる前になんとかしたい」と徹さんは言います。

畑は標高930〜1200mの場所に点在し、シャルドネ、ピノ・ノワール、ピノ・グリ、ゲヴェルツトラミネール、タナなど30種類を試験的に植栽しています。

夕希さんの希望で植えたゲヴェルツトラミネールは、3年目までは「この地域に向かないのでは」と思うほど生育が悪かったものの、4年目から収量が増えはじめ、5年目には単一で仕込めるほど収穫できるようになりました。「この地域ならではの味わいで茅野市のテロワールを表現できたら」と期待を寄せています。
 

醸造とは、ぶどうがなりたいワインになれるように手助けすること

ワイナリーがあるのは、職業訓練所の自動車整備教室だった場所。第一種住居地域に指定され、工場は建てられません。モーターやエンジンを使って製品を作らなければ問題はないので、ワインを充填機へ入れるときは人力のフォークリフトで持ち上げるなど工夫しています。

徹さんは「大変なことも多いけれど、特徴のひとつとして、電気を使わないエコロジーなワイナリーというのもおもしろいかもしれません」と微笑みます。

醸造はサンサンワイナリーに1年半ほど在籍し、醸造家・戸川英夫さんのもとで研修を受けました。戸川さんやスタッフと一緒にワインを造り、貴重な話を聴いて「良いワインは健全なぶどうから造られる」という一番大切な基本を学びました。

今年はぶどうの収穫量が少なかったので、ひと粒ずつ手作業で選果し、丁寧に造りました。「ぶどうがなりたいワインになれるように手助けすることが醸造の仕事」と考え、自然酵母・培養酵母にこだわらず、そのぶどうの味がするおいしいワイン造りを目指しています。
 

手動式油圧リフト。耐荷重は2000kgですが、重いものを持ち上げるにはかなり力が必要
手動の破砕機。手回しでぶどうを破砕する
サンサンワイナリーや八ヶ岳はらむらワイナリーで委託醸造したワイン。「今度は自分が地元でワイン用ぶどうを栽培している農家の助けになりたい」

千年続くワイナリーを目指して

2023年10月、地元の「蓼科東急ホテル」とコラボレーションしたイベントは大盛況でした。宿泊客に収穫を手伝ってもらい、できたワインを返礼品として送るという、宿泊と収穫体験がパッケージになったツアーで、ホテル側から申し出があって実現したイベントです。自分が収穫したぶどうも使われたワインが自宅に届くという楽しみに加えて、数種類のワイン用ぶどうを試食できたので、さらに喜ばれたといいます。

茅野市は八ヶ岳や温泉や諏訪大社などがあり、観光が盛んですが、ワインツーリズムという新たな選択肢もできました。徹さんたちは、旅行客はもちろん地元の人も楽しめるイベントを企画し、Instagramで案内をしています。

さらに、地域の集まりで気軽に飲んでもらえる低価格帯のワインも造っていきたいと考えています。植栽したぶどうの木は何十年、何百年と生き続けます。オレイユ・ド・シャを千年続く地域に根ざしたワイナリーにすることが、徹さんや夕希さんたち家族みんなの夢です。
 

収穫体験イベントはInstagramやFacebookで募集する(徹さん撮影)
イベントには家族づれも参加できる。小さい子どもたちはぶどうを食べながらの収穫で楽しそう(徹さん撮影)
地元の園児がコンコードの間伐樹を掘りに来たことも。保育園に植えるため木を担いで楽しそうに持って帰った(徹さん撮影)

小出徹さん、夕希さん

こいで・とおる、ゆき 

徹さん(右)1968年、茅野市出身。2017年、49歳で勤めていた会社を辞めてワインの道へ進む。2018年、千曲川ワインアカデミー4期生。自社畑でワイン用ぶどうを栽培しながら山梨県北杜市や塩尻市のワイナリーで研鑽を積み、2023年にワイナリーを開設する。

夕希さん(左)1991年、東京都出身。小出家の長女。徹さんの一番の協力者で、力仕事もお任せの頼れる家族。お酒は父より強い。趣味は猫グッズ集め。
 
猫たちは広報担当。名前はカムとアウ。

   

オレイユ・ド・シャ ビーナスライン醸造場

住所|長野県茅野市中大塩1-9
TEL|080-6096-7276
URL| オレイユ・ド・シャ
Instagram|オレイユ・ド・シャ インスタグラム

Facebook|オレイユ・ド・シャ フェイスブック
※ 畑の見学は要事前連絡

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取材・文/坂田雅美  写真/平松マキ
2024年03月05日掲載