vol.80 ツイヂラボ
築地克己さん、須賀貴大さん

仲間とともにおいしく楽しい
ワイン造りにチャレンジ

vol.80 ツイヂラボ<br>築地克己さん、須賀貴大さん<br><br>仲間とともにおいしく楽しい<br>ワイン造りにチャレンジ

東京と東御、2拠点生活のワインメーカー

2020年9月に東御市で11番目となるワイナリー「ツイヂラボ」が誕生しました。ぶどう畑は田沢地区にあり、標高860m、40aの畑にシャルドネとメルローが500本ずつ栽培されています。

オーナーの築地克己(ついぢ・かつみ、写真左)さんは、東京で経営コンサルティングの仕事をしながら、東御市でぶどう栽培やワインの醸造をしています。

もともと銀行員だった築地さんがサンフランシスコで勤務している時に、東御市で生食用ぶどうを栽培している萬果園の中川さんと知り合い、帰国後、中川さんを訪ねて東御市へ通うようになります。
 

東御市は晴天率70%。ツイヂラボはできるだけ少ない農薬を手で散布したり、ガラス瓶の製造時や運搬時に排出されるCO2排出を削減するためマイボトル・リユースプロジェクトを実施するなど環境に配慮している

 
北アルプスのパノラマや、眼下に千曲川を見渡せる風景に癒やされ、ヴィラデストワイナリーで地元の食材を使った料理とワインを楽しみ、東御市の晴天と豊かな暮らしに触れるなかで、愛犬と一緒に泊まれる場所がほしいと思うようになり、築50年の家を購入しました。

東御市で過ごす時間が増え、地元の人から「家があるならこっちに住民票を移してワイン畑をはじめれば」と誘われ、2016年に耕作放棄地を開墾してシャルドネ、翌年にメルローを植栽しました。

畑は植栽時にスコップの木製の柄が折れるほど堅い粘土でした。「シルバー人材センターから、つるはしに慣れた方が来てくださいました。僕が東京にいる間も、スコップでは太刀打ちできない土に、こつこつと列をそろえて苗を植える穴を開けてくださった。彼がいなかったら、今のきれいな畑にはなっていないでしょうね」
 

妻の勢津子さんは千曲川ワインアカデミー4期生。乗用草刈機もゴーカートのように乗りこなす

ツイヂラボのぶどう畑は、ヴィラデストワイナリーのぶどう畑と隣接していたので、植栽をはじめてからの2年間はヴィラデストのスタッフにわからないことを聞きながら、妻の勢津子さんとふたりで栽培してきました。

4年目を迎えた2019年、初収穫したシャルドネはヴィラデストワイナリーに委託醸造しました。「はじめから手伝ってくれる東京の友人たちは、幹が太くなったぶどう畑を見て 『割り箸みたいな苗がこんな立派な木になった』と感動していました」と笑います。

その後、築地さんは温泉施設「湯楽里館(ゆらりかん)」の敷地内にある農産物加工施設を改装して、2020年にワイナリーを開設。醸造責任者に須賀貴大(たかひろ)さんを迎えました。
 

シャルドネは収量を抑えることで凝縮感のあるぶどうができると考え、摘果を厳しく行う。須賀さんは「生産量が減って利益も減るのですが、おいしいワインができる方が良いと、築地さんが自由にやらせてくれるので感謝しています」
シャルドネは垣根仕立ての「グイヨ式」。剪定の際、一番良い1本だけを残してワイヤーに這わせる。畑の一部はもともと野菜畑で、肥沃で新梢が出やすく、グイヨ式で樹勢をコントロールする
メルローは2芽だけ残す「コルドン式」。畑がやせているので強剪定して強く伸ばす。標高が高くメルローには涼しい気候なので、ハングタイム(枝にぶら下がっている時間)を長くして熟度を上げる

舞台は世界。南北両半球にワイナリーを持つ醸造家

須賀さんは、スペイン・南米への留学経験があり、カストロ政権下のキューバなど社会主義を研究していました。2010年から2012年にかけてアラブ世界で発生した大規模反政府デモを主とした「アラブの春」が起きたときはモロッコやエジプトに滞在していました。

ジャーナリストを志し、渡仏。パリコレでカメラマンを務めたことをきっかけに、ワイン雑誌の立ち上げスタッフとして声がかかり、ワインの道へ。フランスのブルゴーニュやシャンパーニュでワインの取材をするうちに、もっとワインのことを知りたいと、2014年に日本の輸入会社へ就職します。

ソムリエの資格を取得し、ワイン産地へ生産者に会いに行ったり、イベントに参加してたくさんのワインを試飲したり、夢中になって情報収集した年半でした。
 


やがて自分でワインを造りたくなり、2016年に清澄白河にある「フジマル醸造所」の醸造責任者、木水晶子さんのもとで研修を受けます。現在ニュージーランドで活躍する「Sato Wines」の佐藤嘉晃さんも当時、フジマル醸造所に間借りしていました。ふたりの醸造家がそれぞれの哲学をもってワインを造る姿に刺激を受けます。

北海道へも渡って、日本でのピノ・ノワールの可能性を切り拓いた「ドメーヌ タカヒコ」の曽我貴彦さん、有機栽培のぶどうを野生酵母で醸造する「農楽蔵(のらくら)」の佐々木夫妻、ブルゴーニュの老舗ワイナリーが北海道で営む「ド・モンティーユ&北海道」のスタッフからも大きな影響を受けたといいます。

全国をまわった後、再び海外へ。フランス、ドイツ、オーストリア、南半球に渡ってオーストラリア、ニュージーランドでも実務経験を積み重ねます。世界を股にかけ、1年中醸造していた須賀さんは、満を持して2019年、オーストラリアにあるワイナリーを間借りして自身のワイナリー「Plus Personal Wines」を立ち上げました。

オーストラリアで2シーズン目の2020年4月、仕込みを終えると、かねてから計画していた南北両半球での生産に踏み切ります。

「2か国で醸造することで表現の多様性を広げたかった」という須賀さんは、候補地のフランスのブルゴーニュ地方、ジュヴレ・シャンベルタンのぶどう農家と交渉していましたが、法律を解決することが難しく、日本で探すことに。帰国後、フジマル醸造所の木水さんの紹介で、ツイヂラボの醸造責任者になりました。
 

 
ワインの多様性を表現するため知識と経験を活かして醸造

「白ワインだからといって、フレッシュでフルーティーで、透き通っていなくてもいい。いろいろな造り方があっていいし、ワインはもっと自由なんです」と須賀さん。

糖度とpHのバランスや生育状況を見極めて仕込むので、黒ぶどうは赤かロゼ、白ぶどうは白ワインを造ることに限りません。

たとえば、委託された白ぶどうのピノ・グリを皮ごと発酵させる赤ワインの造り方で醸造し、黒ぶどうのピノ・ノワールを圧搾して果汁にする白ワインの造り方で醸造し、ふたつをあとから混ぜ合わせました。

昨年は委託でシャルドネ83%、メルロー17%の赤ワインも造りました。依頼者が赤ワインを希望したものの、メルローの収穫量が少なかったこともあり、畑でぶどうの糖度とpHを測ってバランスを見た時に、ふたつを合わせたら、ちょうど良くなると考えたのです。

シャルドネを通常より1週間遅く収穫して果汁を搾り、野生酵母で発酵してきたところでメルローを収穫し、粒だけを同じタンクに入れました。

ツイヂラボは、委託醸造を希望する人の意向を大切にしながら、収穫のタイミングを相談したり、収穫量が少なくなっても状況に合わせたり、一緒にワイン造りをしています。新規参入者にとっても心強い存在です。

中央のバスケットプレスはぶどうの種を潰さず繊細に搾汁、右の空気圧プレスはたくさんのぶどうを一度に搾汁できる。収穫量や造りによってプレス機を選択、ときには足踏みで搾汁することも

 
「面白いものが見られますよ」と案内してくれた部屋では、ナイアガラをワラの上で干してありました。水分を飛ばして糖度を凝縮させて仕込む、イタリアのアマローネやフランスのジュラ地方のヴァン・ド・パイユなどに使われる技法です。

その技法に挑戦したのは、委託を受けたナイアガラが諸事情により糖度が上がらないうちに収穫しなければならなかったことが発端でした。樽発酵させる予定でしたが、糖度が低いとアルコール度数が低くなり、樽の香りに負けた弱々しいワインになってしまうのです。

補糖をする手もありますが、須賀さんは「補糖も補酸も亜硫酸も、できればやりたくない」。では、どうするか……悩みながら東御市で車を走らせている時に、農家がお米を収穫している姿を目にして、ひらめいたのです。

ヴァン・ド・パイユは麦ワラですが、こちらはお米のワラ。「東御市は米どころですし、お米農家さんと連携できたことがうれしかった。ワラにこんな使い方があるのだと地元の人が面白いがってくれたらいいな」。確かに、東御市らしいコラボレーションです。
 

 
須賀さんが師と仰ぐオーストラリアのワイナリー「Gentle Folk(ジェントル・フォーク)」のギャレス・ベルトン氏は、海洋生物学者という経歴を持ち、国際品評会でも受賞歴がある、その名を知られた醸造家です。

「彼のワインを飲んだときは感動しました。ものづくりに対する考えの答え合わせをしているような感覚でした」。すぐにギャレス氏に会いに行き、弟子入りを申し込みます。ギャレス氏の醸造は自由そのもので、おいしいワインができると判断すれば、収穫をぎりぎりまで待った白ぶどうと、早期収穫した黒ぶどうを皮ごと混醸することもありました。

須賀さんのワイナリーがあるオーストラリア・アデレード・ヒルズ地区の醸造家も面白い造り方をしている人が多かったので、とても刺激になったといいます。
 

人生が変わる瞬間を体験し、その感覚を常に感じていたいと、ワインの絵をタトゥーで腕に残した

須賀さんの腕のタトゥーは、すべてワインに関連した意味があり、ドビュッシーの月光の楽譜や羽は「ピノ・ノワールを造るならこうしたい」というイメージを表現したものです。

須賀さんが連想するのは、しんと静まり返った夜に、どこまでもまっすぐ続く道を照らす月明かり。「やさしい果実味にあふれながらも酸やミネラルを感じる、凛とした立体感のあるピノ・ノワールを、いつか造りたいです」
 

100年後の東御に豊かなワイン文化が根づいていることを願って

海外ではワインは身近な存在で、地元の人がワイナリーへポリタンクを持参し、必要な分だけ購入することも。また、地元の生産者を訪ね、品種や造り方を聞いても「品種? 30種くらいかな」「亜硫酸? 使ったことないな」と、答えが返ってくることも。

何代も前から継承され、経験に基づいて造る「そういうワインがとてもおいしくて安かったりするんです」と須賀さんは言います。涼しい地域では、醸造所で生ハムを造る生産者もいました。アデレード・ヒルズでは、ペティアン(微発泡酒)を造る時に出た澱を使ってパン種をつくり、パンを焼く人もいました。

どのワイン産地でも週末には自家製ワインや食べ物を持ち寄って仲間のワイナリーへ集まることが多く、ラベルを貼っていないので誰のワインかわからなくなってしまうこともあったとか。自分がつくった食べ物をみんなで楽しむ、豊かな文化がそこには根づいてました。

「東御市は涼しいので、生ハムづくりにも適していると思います。僕は発酵させることが好きなので、ワインに限らず、いろいろなものをつくりたいです。まだオーナーには伝えていませんが、ワイナリーで生ハムづくりをすることが僕の密かな企みです。今度、長和町のジャンボン・ド・ヒメキの藤原伸彦さんに生ハムの作り方を教えてもらいに行くんです」

東御市にはじめてワイナリーができたのは2003年。その後もワイナリーは増え続け、一大産地を形成しています。米や巨峰、くるみも特産品です。

ぶどうをワラ干ししてワインを醸造する、巨峰でペティアンを造る、ワイン酵母のパン種でクルミ入りのパンを焼く。そんなふうに連携を取ってものづくりをし、週末は仲間と集まって食事をする。そんな東御市ならではの食文化が生まれたら——夢は広がります。
 

看板犬は柴犬のももとくるみ。ワインラベルのモデルも務める。ワイン名も「Momo One(ももわん)」!
ヴェレゾンのはじまったメルロー越しに笑うくるみ(撮影は築地さん)                  

      

築地 克己さん、須賀 貴大さん

ついぢ・かつみ、すが・たかひろ

築地克己さん(右)1967年生まれ。東京銀行(現 三菱UFJ銀行)を経て、現在は経営コンサルティング会社に勤務。2016年東御市でワイン用ぶどうの栽培をはじめる。2019年ヴィラデストワイナリーで委託醸造。2020年ワイナリー開設。東京と東御の2拠点生活、経営コンサルタントとワイナリーオーナーの2足のわらじを履く。
 

須賀貴大さん(左)1989年生まれ。渡仏してワイン雑誌のカメラマンに。2014年、輸入会社に入社。2016年から国内外のワイン産地で研鑽を積み、2019年オーストラリアに自社ワイナリーPlus Personal Wines」開設。2020年ツイヂラボの醸造責任者を兼任。ソムリエ資格を持つ。

ツイヂラボ

住所|長野県東御市和 3875-1
TEL|090-5496-6798
Instagram @tsuijilab
※リリース情報はInstagramを参照
※来訪の際は要事前電話連絡

取材・文/坂田雅美  写真/平松マキ
2022年03月27日掲載