vol.72 LES VINS VIVANTS
荻野貴博さん、朋子さん
ぶどうの持つ可能性を信じて
ガメイをゴブレ仕立てで育て、野生酵母で醸す
ボジョレー地区のヴァンナチュールに魅せられて
長野県東御市は、個性あふれる新進気鋭のワイナリーが次々と誕生しています。そのなかのひとつ、2019年10月に開設されたワイナリーが、LES VINS VIVANTS(レヴァン ヴィヴァン)です。
オーナーの荻野貴博さんと妻の朋子さんは、赤ワイン用ぶどう品種の「ガメイ」をゴブレ仕立てで栽培、野生酵母で醸すワインにこだわっています。ゴブレ仕立てとは、株仕立ての一種で、360度すべてに陽が当たるよう、地面から30〜40cmくらいの場所にぶどうの房を実らせる栽培方法です。
通常の垣根仕立てでは70cmほどですが、ゴブレ仕立てはより地面から近いため、地表温度の影響を受けやすく、砂礫や粘土質、石灰岩、など土壌によっても熟し方が変わるので、その土地のテロワールをより濃く表現することができます。
主に日照量が多い、スペインやポルトガル、南仏などによく見られる伝統的な栽培方法で、日本の高温多湿な気候では、樹勢が強くなってしまう、病気になりやすいなどの理由で難しいといわれてきました。
しかし、ゴブレ仕立てで栽培したガメイを野生酵母で醸したボジョレー地区のワイナリーのヴァンナチュール(自然派ワイン)のおいしさに感銘を受けた荻野さん夫妻は、自分たちも「ぶどうの衛生状態や生育のためにキャノピーマネジメント(樹冠管理)をしっかり行い、どこまでできるのかチャレンジしたい」といいます。
毎年ふた芽を残して短く選定するので、少しずつ大きくなってきたぶどうたち。苗を植えてから5年が経ち、ようやく幹がしっかりしてきました。
「化学的な除草剤や農薬を一切使わないので手間がかかるのですが、今年は少し大きな房もできました。ようやく実るようになってきたので、これからは鳥獣対策を考えなくてはいけません。一番の悩みです」と、貴博さんは目を細め、我が子を見守るような眼差しで微笑みます。
朋子さんも「親バカかもしれませんが、人間よりぶどうの方が賢いのではないかと思うことがあります」と笑顔で語ります。
毎日観察するなかで、ぶどうは自分にとって何が必要でどのくらい摂取すればよいかわかっていると感じたふたりは、何を欲しているのかをよく見極め、本来の力を引き出す栽培ができるように、農薬、除草剤、殺菌・殺虫剤に変わるものを探して、その都度、試しては経過を見守っています。
東京の飲食店と契約している畑も含めると、ぶどう畑は4haあり、ゴブレ仕立てにこだわって栽培しているガメイのほかに、垣根仕立てでシュナン・ブラン、リースリング、シャルドネ、ピノ・ノワールも栽培しています。りんご畑は0.8haあり、リュットレゾネ(減農薬栽培)で栽培しています。2019年には完全無農薬栽培のりんごも植栽しました。
東御市の雄大な景色にひと目惚れ
ふたりはもともと東京都内の飲食店に務める同僚でした。5年ほど勤めるなかで、ワインに対する情熱を高め、ヴァンナチュールとも出会います。
喉につかえない、すっと身体に染み込むような飲み心地に魅了され、もっとワインのことを知りたくなった貴博さんは、山梨の中央葡萄酒株式会社(グレイスワイン)で、6年間研鑽を積んだ後に渡仏。ボジョレーやアルザスのヴァンナチュールの生産者のもとで仕込みなどを手伝い、経験を重ねた後に、ワイナリー開設を見据えて2015年、東御市に移住しました。
全国のワイン用ぶどう栽培適地のなかから東御市を選んだのは、自分たちが栽培したい品種がこの土地にあっているのではないかと思ったことや、ワイン特区があるため新規参入しやすかったなど、いろいろな理由はあったものの、結局は “ひと目惚れ” だったと朋子さん。
「南斜面からは八ヶ岳、北アルプスの山々を見渡せ、反対側には浅間山がそびえるという雄大な景色を見て、なんてきれいな町だと思いました。この場所に一生住むという覚悟ができました」と、当時を振り返ります。
朋子さんは移住後、JA信州うえだファームのワイン用ぶどう栽培の研修生として、ぶどうやりんごの栽培を2年間学びました。
亜硫酸塩無添加、野生酵母で醸造
醸造所は、夫妻がかつて勤めていた東京都内の飲食店の協力を得て、2019年10月に開設しました。
その年を反映したぶどうやりんごの持つ個性が引き立つワインやシードルを造りたいと考える夫妻は、果実そののままの状態で発酵させたいので、仕込みから瓶詰めまで一切の亜硫酸塩を添加せず、ワイナリー内の温度管理を徹底して、野生酵母で醸造しています。
東京の飲食店と契約している畑のぶどうは、その店で提供されるオリジナルワインとして醸造されていますが、自社畑のぶどうはまだ収量が足りないため、2020年のヴィンテージはシードルのみ販売しています。
シードルの原料となるりんごは、ぶどうに比べると糖度が低く酸味も強いので、野生酵母での醸造が難しい果物ですが、シードルも野生酵母で醸し、メトード・アンセストラル製法で辛口に仕上げます。1次発酵の終盤で瓶に詰め、瓶内で発酵を終わらせることで、発生した二酸化炭素がワインに溶け込み、炭酸ができる、昔ながらの伝統的な製法です。
「野生酵母で醸して熟成させているので、すぐに飲みきらなくても1日目より2日目と、ワインが開いていくような感覚を楽しむことができます」と貴博さん。もちろん少しずつ泡は抜けていきますが、また違った味わいの変化も感じられるシードルです。
朋子さんは「ワインは気候、栽培、醸造などすべてを反映するので、それぞれのつくり手が持っている哲学がみえる飲み物です」と語ります。
飲食店で働き、たくさんのワインに触れてきた夫妻だからこそ、つくりたいワインが明確にあり、栽培も醸造も、決して妥協せず取り組んでいます。
取材・文/坂田雅美 写真/平松マキ
荻野貴博さん、朋子さん
(おぎのたかひろ、ともこ)
貴博さんは1980年生まれ、山梨県出身。ワインに関して確固たる理念を持ち、一見強面にみえるが、少年のような屈託のない笑顔が印象的。
朋子さんは1978年生まれ、北海道出身。ものづくりが好きで、自身がかぶっているキャップの刺繍も自作。ビオディナミやホメオパスの勉強もしている。
ふたりは東京の飲食店に勤務する同僚として知り合い、結婚。国内外のワイナリーにて研鑽を積む。2015年、東御市に移住。2019年、 LES VINS VIVANTS開設。二人三脚でワイン用ぶどうを栽培、醸造している
LES VINS VIVANTS
レヴァンヴィヴァン
所在地 〒389-0512 長野県東御市滋野乙4379-1
TEL・FAX 070-2797-2920
URL https://lesvinsvivants.jp/
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