vol.53 Terre de ciel
池田 岳雄さん
〝天空の大地〟での
自然と調和したワインづくり
雲海の上でのぶどう栽培
小諸市の糠地(ぬかじ)は、東御市と境を接する小諸市の西端に位置し、眼下に千曲川を望む南向きに傾斜した地域です。
かつては都市部からの合宿を受け入れる「学生村」としてにぎわい、今でも4軒の民宿があります。近年、深沢渓谷に遊歩道が整備され、糠地にある「みはらし交流館」がグリーンツーリズムの拠点となっています。
さらに、第二の人生の地として糠地を選び、夢を叶えたシニア世代が営むオープンガーデンやレストランも点在し、注目を集めています。
ここにぶどう畑を拓き、ワインづくりをはじめたのが池田岳雄さんです。池田さんがはじめて糠地を訪れたとき、かつて牧草地だった荒れ地は、あたり一面霧の下。そして標高800メートル超に位置する糠地は、雲の上に浮かんでいるように見えました。
「ここだ!」 池田さんは直感しました。「ぶどう栽培には標高が高すぎる」という周囲の声もありましたが、はるかに八ヶ岳連峰や北アルプス、ときに富士山までを望む絶景の地でワインづくりをはじめることを、池田さんは心に決めました。
そして「テール ド シエル」という名前を思いつきました。フランス語で「天空の大地」を意味します。
自分の手でいずれは仕込みまで
池田さんは通信関連の会社の役員として長年、経営に携わってきました。定年後は自家用ワインを作りたい、そんな思いを胸に、2014年、長野県が主催する「ワイン生産アカデミー」に学びます。
2015年に「株式会社テールドシエル」を設立。糠地に取得した3.3ヘクタールの農地にワイン用ぶどうの苗木を定植しました。そして、同じくぶどう栽培をはじめた仲間とともに「小諸ワイングロワー倶楽部」を結成し、協力体制を敷いてぶどう栽培を行うようになります。
2016年には、さらにワインづくりを学ぶため、アルカンヴィーニュが主催する「千曲川ワインアカデミー」の2期生となります。
現在、圃場を4.5ヘクタールまで広げ、品種はソーヴィニヨン・ブランのほか、ピノ・ノワール、シャルドネ、ピノグリ、メルロー、ミュラートゥルガウ、リースリングを栽培しています。
2017年、アルカンヴィーニュへ委託して初醸造を行い、今年、ファーストヴィンテージとしてソーヴィニヨン・ブラン、ピノ・ノワール、ピノグリ、シャルドネ、りんごワインをリリースしました。
「昨年は3トン、今年は7トンの収穫がありました。来年は確実に14トン見込めます。いずれは自分の手で仕込もうと、ワイナリー設立を視野に入れています。今は場所や規模について、あせらず吟味しています」
家族の支えに感謝しながら
池田さんは60歳で役員職を辞し、今はワインづくりに専念しています。「妻には『悠々自適の暮らしをすればいいのに』と言われました。第二の人生は農業をやると決めてはいたものの、まさかこんなに大きく展開するとは」
ご自身すらそう思ったのですから、いわんや妻の順子さんをや。しかし今では順子さんだけでなく、長女の可南子さんもワインづくりの欠かせぬ担い手として日々、畑に立ちます。そして地元で暮らす長男と栃木県に住む次女、それぞれの家族も畑を手伝いにやってきます。
「私が目指すのは、自然と調和できる農業です。この辺りはオオムラサキの生息地として、保全活動が盛んです。孫たちも、自然豊かなところで伸び伸び過ごすのは楽しいようです」
孫は総勢7人。今は糠地第2圃場の上にかまえた事務所の3階部分を子ども部屋にして、泊まりがけで遊びに来る孫たちを迎え入れます。
「ワイナリーをここに造るのか、街中にするのか。費用対効果をきちんと考えないと。いずれにせよ、ワイナリー建設は東京オリンピックが目安。古希までには大輪を咲かせます」
話す内容ごとに、孫たちにとっての柔和な“じいじ”や、先を見据える経営者が顔をのぞかせます。そして「ワインづくりをはじめて、子どもも孫も来てくれる。今が一番幸せですよ」と、池田さんは顔をほころばせました。
(取材・文/塚田結子 写真/宮地晋之介)
池田 岳雄
いけだ たけお
小諸市生まれ。2015年「株式会社テールドシエル」を設立。翌年、ワイン用ぶどうを栽培する仲間とともに「小諸ワイングロワーズ倶楽部」を組織。2017年にファーストヴィンテージをリリースした。「糠地郷チョウの里山プロジェクト」にも参加している。