vol.46 サンサンワイナリー
戸川 英夫さん

ベテラン醸造家が醸す美しいワイン

vol.46 サンサンワイナリー<br>戸川 英夫さん<br><br>ベテラン醸造家が醸す美しいワイン<br>

美しい景観を育み
地域や社会に寄り添うワイナリー

塩尻峠は、塩尻市と岡谷市の境にあり、かつては中山道が、今は国道20号線が通ります。この峠道に面してサンサンワイナリーがあります。

道路と反対側、建物西側のなだらかな斜面には、見事なぶどう畑が広がります。眼下の景色は長野自動車道に沿って松本盆地へとつながり、遠く北アルプスまで見晴るかします。

ここでワインの醸造だけでなく、地域文化の醸成にも寄与したい、そしてお年寄や子どもも安らげる場となりたい。

そんな願いを込めて、名古屋市に本部を置く社会福祉法人サン・ビジョンが六次産業化法に基づく事業計画の認定を受け、2011年に畑を整備し、2015年にワイナリーを設けました。

「サンサンヴィンヤード柿沢」と名づけられたワイナリー隣接の自社ぶどう畑は、もともと松本営林署塩尻種苗事業所の苗畑があったところ。
広さおよそ2ヘクタール、標高840〜864メートル。ゆるやかに傾斜した西向き斜面は、常に風が吹き抜け、燦々と日が降り注ぎます。

「ぶどう栽培をするには標高が高すぎるといわれましたが、私はここで質の良いシャルドネを作りたいと思いました」。こう語るのは醸造責任者の戸川英夫さんです。

取材にうかがったのは2月。ぶどうの木はワラに包まれて、芽吹きの時を待っていた
畑を見守るようして、戸川さんとともにワイナリー立ち上げに尽力した亡き石田芳江さんへの「感謝の碑」が立つ

半世紀にわたり、
ワイン造りひと筋

戸川さんは1942年、広島市に生まれました。そして3歳で被爆します。後年になって、同じように被爆し、後遺症に悩まされていた人から「ワインが放射線障害に効くらしい」という話を聞き、ワインへの興味が芽生えます。

「当時、ABCCで研究されていると噂されていたのです」と戸川さんはふりかえります。「ABCC」とは「Atomic Bomb Casualty Commission」の略称で、「原爆傷害調査委員会」のこと。戦後、アメリカが広島と長崎に設けた民間機関です。

また、中学生になる頃には、叔父が欧米出張から持ち帰る本場の赤ワインに接し、ワインへの興味が高まっていました。
高校卒業後、いよいよワイン造りを志し、当時、発酵生産科のあった山梨大学へ進学。そして卒業後はキッコーマン醤油株式会社へ入社します。

田村彰吾さんは山梨大学で醸造を学び、1年間の小売り経験を経た後、サンサンワイナリーへ。戸川さんのもとで醸造に携わる

以降、ワイン造りひと筋。マンズワイン工場長として勤めあげるまで本格ワインの生産と普及に尽力してきました。

「在職当初は甘口の白ワインが市場を席巻していましたが、東京オリンピックや万博があって、日本のワインを作ろうという機運が徐々に高まっていきました。本格的な赤ワインが世の中で好まれるようになったのは、退職も間近になってから。今のような状況は、当時から思えば隔世の観。夢のまた夢ですよ」

定年退職後は山辺ワイナリーの製造顧問や安曇野ワイナリーの工場長などを歴任し、長野県産ワインの礎を築きます。そして70歳を目前にして、いよいよ引退を考えていた矢先に、サンサンワイナリー立ち上げに際して声がかかります。

戸川さんは「ロケーションを含め、ワイン造り最終章にふさわしいと思いました」と、当時の心象を語ります。

特注の足高ステンレスタンク
容量3000リットル程度で、畑ごとの仕込みが可能

美しい環境から生まれる
美しいワイン

これまで戸川さんが培ってきた知識と経験は、ワイナリー建屋の設計にも生かされます。二重壁に囲まれた建物は、夏は涼しく、冬は暖か。自然換気でワインの蒸発を極力おさえます。

足長のステンレスタンクを導入して、掃除をしやすく。ゆったりとした天井高を確保し、巡らしたキャットウォークが作業効率を高めるとともに、安全性も確保しています。

室内の気圧調整によって虫の侵入を阻み、さらにワイン詰めを行うのは非喫煙者のみ。徹底した衛生管理のもと、戸川さんが目指すところの「きれいなワイン」が生まれるのです。

自社畑に植えられたメルロー、シラー、シャルドネは、ワイナリー設立と同年の2015年秋に初収穫され、初仕込みとなりました。
しっかりと酸がのったうえ、熟期を待って収穫できたため、糖度も十分に上がりました。

初ヴィンテージとなった2015年の「シラー」「メルロ」「同ライトバレル」「同クラレット樽熟成」「シャルドネ」は長野県原産地呼称管理委員会の認定ワインとなった

「長年、ワインを作ってきましたが、糖度調整なしでできたのは、はじめてのこと。白はピリリと酸が効き、赤はやわらかく、かつしっかりした酸のあるワインになりました」と戸川さん。

ボルドーを代表する品種のメルローと、ブルゴーニュの代表品種であるシャルドネ。どちらも会心の出来となり、「ここは『ボルゴーニュの郷』だと言ってるんです」と戸川さんは微笑みます。

「何よりも畑を見ていただくのが一番」と言いながら案内してくださる戸川さん。見識高く、豊かな経験をもちながら、どんな質問にもやさしく丁寧に答えてくださる、そのお人柄をあらわすかのように、いただいたワインは豊かで奥深く、そして美しい味わいでした。

ワイナリーに併設してショップとレストラン「Bottega」がある
窓越しにぶどう畑が見える。気持ちの良いテラス席もある
(取材・文/塚田結子 写真/平松マキ)

戸川 英夫

とがわ ひでお

1942年、広島市生まれ。山梨大学卒業後、キッコーマン醤油株式会社に入社。マンズワイン工場長を経て、山辺ワイナリー製造顧問、安曇野ワイナリー工場長などを歴任したのち、2011年にサンサンワイナリーのゼネラルマネージャーに就任。エノロジストとして、ぶどう栽培から醸造、瓶詰めまで、ワイン造りのすべてに携わる

サンサンワイナリー

所在地 長野県塩尻市柿沢日向畠709-3
TEL   0263-51-8011
URL  サンサンワイナリー

 
2018年03月05日掲載