vol.40 オードリーファーム
奥山 次郎さん

ヤマブドウに魅せられて
縄文の里でのワインづくり

vol.40 オードリーファーム<br>奥山 次郎さん<br><br>ヤマブドウに魅せられて<br>縄文の里でのワインづくり

50代からの新たなスタート

奥山次郎さんの生家は山梨県春日居町(現在の笛吹市)で果樹農家を営んでいます。桃の産地として知られるこの地で、桃のほかにデラウエアや巨峰、甲州といった生食用ぶどうを栽培していました。奥山さんは3人兄妹の真ん中。子どもの頃から果樹園を手伝い、農業に親しんできました。

25歳から大手コンピューターメーカーの関連会社に勤めていた奥山さんは、体調を崩したことをきっかけに、51歳で一線を退きます。転職も考えましたが「田舎で農業をやろう」と決め、2003年に別荘のあった長和町に移住します。

「その頃は時代が良くて、会社も良くて、退職金がしっかりもらえたんです。50代前半で行動できたのが良かった」。とはいえ、ふたりの息子を抱え、次男は大学進学を控えていました。

「家のことは奥さんに任せっきりだったけど、大変だったと思います。あの頃のことだけで、本が1冊書けますよ」。奥山さんは、今となっては笑って当時を振り返ります。

2007年には遊休農地を借り受けて、ヤマブドウの苗木を定植しました。もともとりんご畑だったという傾斜地は、すっかりススキに覆われていましたが、徐々に開墾して今では40アールほど。ヤマブドウは10年目となった木もあります。

「試行錯誤の連続で10年。人がやっていないことをやっているから、誰にも聞けない」。栽培方法は、ほぼ独学。晩腐病を防ぐためのレインカットや、芯喰い虫除けの石灰など、新たな試みは続いています。

ヤマブドウに魅せられて

奥山さんがヤマブドウを選んだのには、いくつかの理由があります。天然の抗酸化成分を多く含むなど、食品としての機能性の高さ。人がやっていないことをやりたいという、奥山さん自身の気性に合っていること。そして何より、土地に根ざした作物であること。

「お年寄りに話をうかがうと、昔は山へ採りに行って、自分で潰してお酒にしていたそうです」。それほどヤマブドウは人々の身近なところにあったのです。
「ヤマブドウは、海抜1500メートルくらいのこのあたりにも自生しています。気候が冷涼でも、水はけが悪くても、酸性土でも、かまわないらしい。無理なく育つ。そもそも日本の風土に合っていると思います」

現在、世の中で栽培されているぶどう品種は、欧州系のヴィティス・ヴィニフェラ、アメリカ系のヴィティス・ラブラスカ、ヤマブドウ系のヴィティス・コアニティなど、いくつかの系統に分かれます。
一般的にワイン用ぶどうといわれるのは欧州系の品種です。ヤマブドウは日本(ただし九州以外)の在来種で、東北地方や北海道でも栽培されています。

花が咲くまで雌雄もはっきりとはわからない。写真は、左が雌木の房、右が雄木(奥山さん撮影)
苗木は山形県の店から仕入れる。「ヤマブドウでも系統が3種類くらいあるようだけど、売っている方も正確なことはわからないようで(笑)」(奥山さん撮影)

「欧州系のぶどうとは性格も違うし、仕立て方もちがう」と奥山さん。何よりのちがいは、雌雄異株であること。
「ぶどうの花粉は、虫の介在もあるにせよ、2、3メートルしか飛ばないといわれています。確かに、雄木が遠いところは受粉が悪いこともある。だから雌木の垣根の脇に雄木を走らせるように畑を設計しています」

少しずつ収量を伸ばして2009年には「信州まし野ワイン」で委託醸造。当時の醸造責任者だった村田純さんが独立して以降、2013年からは「伊那ワイン工房」に醸造を託しています。

「ヤマブドウのワインは、はじめのインパクトが強いけど、飲み出すとコクがあって果実味があって、好きな人は好きになる」。そう語る奥山さんですが、実はご自身はあまりワインを飲みません。
「奥さんは毎晩飲んでいるんですが。僕はワインというより、ヤマブドウが好きなんです」

作業がしやすい目の高さに仕立て、左右3〜5メートルほどに伸ばす。ヤマブドウの葉は大きく、裏に毛が密集していて「これが病気を防いでいるのでは」と奥山さん
「今年(2016年)は病気も虫も見当たらず、こんなにきれいな年はめずらしい。2012年は1.4トン取れました。今年も間違いなく1トン以上いきますね」

縄文人もヤマブドウワインを飲んでいた !?

長和町には、国指定遺跡の鷹山遺跡群があります。縄文時代に星糞峠の付近で黒曜石を掘り出した鉱山や、それを加工した場所とみられる大規模な遺跡がいくつも残されているのです。

また、同じく縄文期の遺跡である青森県の三内丸山遺跡などからは、多くのヤマブドウの種子が発見されています。種子が残されていた土器の形状から、生食だけでなく、発酵させてワインのようにしていたのではないかと推測されています。

黒曜石製品の一大生産地であり、ヤマブドウが自生する長和の地で、縄文の人々はもしかしたらヤマブドウのワインを飲んでいたかもしれない――。

そんな想像をふくらませるひとりが、長和町で酒屋「森田屋」を営むシニアソムリエの森田美智子さんです。森田さんは奥山さんのワインを高く評価しています。

長和町で酒店「森田屋」を営む森田美智子さん。「長和町の本当に良いものを選んで、ワインにしてくださった。奥山さんのやってることは素晴らしいんです。本人に自覚はないけど(笑)」

「2012年は黒ぶどうの当たり年だったんですが、その年の奥山さんのワインがすごく良かった。ヤマブドウも年によって違うことに改めて気づかされました」

日本の在来種であるヤマブドウは、その地のテロワールをよく表すはすだと森田さんは言います。

「テロワールを生かすことが、これから長野県のワインがやっていくべきこと。世界中の方に、長野のテロワールは素晴らしいと知っていただくことが目標ならば、この気候と土、歴史のなかに生まれてくるワインにこそ意味があると思います」

長和町も千曲川ワインバレーの広域ワイン特区に名を連ね、「黒曜ワインプロジェクト」が動き出しています。奥山さんも先達として、この地に移住してワインづくりを目指す人をサポートしています。

さて、ワインだけでなく、ジャムや「山ぶどう酢」、ポマス(搾りかす)を乾燥させた「山ぶどう茶」など、ヤマブドウを用いた商品をさまざまにつくり出す奥山さんが、これからつくりたいものは。

「ヤマブドウ盆栽です。忘れられてしまったヤマブドウを、みなさんの身近に置いてもらえるように」
奥山さんのヤマブドウへの思いは、かくも深いものなのです。

ワインは甘口と辛口の2種。フルボトル、ハーフボトル、ドレス瓶、180mlのミニボトルなど、サイズはさまざま
商品はネットで購入できるほか、森田屋でも販売している。また、道の駅「マルメロの駅ながと」にある本格ガレットが味わえる店「ら、ささマルシェ」にアンテナブースを設けている
(取材・写真・文/塚田結子)

奥山 次郎

おくやま じろう

1952年、山梨県春日居町(現在の笛吹市)出身。大手コンピューターメーカーを早期退職し、長和町に移住。2007年にヤマブドウを定植し、ワインのほか山ぶどう酢などを生産している。広域ワイン特区に認定された長和町の「黒曜ワインプロジェクト」に参加している。

オードリーファーム

所在地 小県郡長和町大門3518-781(ワイナリーはありません)
TEL 0268-60-2788
URL オードリーファーム

2016年07月03日掲載