vol.18 ノーザンアルプスヴィンヤード
若林 政起さん
北アルプスに続く道に
新たなワイナリーを
いよいよ今年秋、ワイナリー建設に着工
「ここがワイナリーの建設予定地です」
ノーザンアルプスヴィンヤードの若林政起さんが示す場所は、白馬連峰を望む緩やかな傾斜地にブドウ畑が広がります。鹿島川水系の小川が流れ、その清流にはイワナが泳ぐ姿も。
文字通り「北アルプスのブドウ畑」の名にふさわしい美しい場所です。しかも立山黒部アルペンルートの起点・扇沢に向かう道路沿いにあり、誘客の可能性にも大いに期待できます。
「良いワインは良いブドウづくりから」と思い定めて、若林さんがこの地に初めてシャルドネやメルローなどワイン専用品種を植えたのが2008(平成20)年。ぶどう栽培を軌道にのせて、2013年にはノーザンアルプスヴィンヤードを設立しました。
収穫したぶどうは全量、東御市の「ヴィラデストワイナリー」に出荷・ワイン醸造していますが、同年には少量ながら自社ラベルのワインをリリース。そして、この秋(2014年10月)には、ショップを備えたワイナリーの建設に着工する予定です。
「20代のころから夢見てきたワイナリー開設がついに実現しようとしています。大町はワイン用ぶどうの栽培適地でありながら、大町にワイナリーがありません。この地のぶどうをこの地で醸造してこそ、ワインの真価が発揮できます」と若林さん。
すでに地元の農家と協力してワインや農産物のインターネット販売を行なっていますが、ワイナリー開設後は、地元のレストランや宿泊施設と協力してイベントを開催するなど、ワインの販路拡大と地域おこしにも役立ちたいと話しています。
冷涼な気候、水はけのよい扇状地
大町はワインぶどう適地
現在、自社畑は約3.4ヘクタール。シャルドネ、メルロー、ヤマソービニヨンのほか、試験的にピノ・ノアールも植えました。ヨーロッパ垣根仕立てを中心に一部、棚栽培です。
標高は760~790メートル。年間降水量は1200~1400ミリメートル。あたり一帯は複合扇状地で、地元では「ガラ」と呼ばれる水はけのよいところ。果樹栽培に適しており、周辺にはリンゴ農園も多くあります。
「うちのぶどう畑はもとは水田やリンゴ畑でした。河原だったところを祖父が開墾しました。重機もない時代に大変な苦労だったでしょう。水田は幸いにも構造改善対策が行われなかったおかげで、ぶどう畑に転用できました。一帯はもともと河原で30センチも掘れば砂の層が出てきますから、水はけを確保するのは簡単です」
若林さんの農地にもまだ余地があり、ぶどう畑の規模拡大が見込めます。しかも近隣の農家から農地を託されることも。父祖伝来の土地を守ってきたおかげで、周囲との関係はすこぶる良好です。
周辺のリンゴ農家と協力し、シードルも醸造する予定。ワイナリーを囲むようにぶどう畑やリンゴ畑が広がる景観も、魅力のひとつになりそうです。
有機農法と慣行農法の「落としどころ」を探り
5年後には年間2万本の生産を目指す
そもそも現在41歳の若林さんがワインに興味を持ったのは、20代半ばのころ。いとこの若林英司さんの影響です。国内でも有力なソムリエであり、現在は銀座のレストラン「エスキス」の支配人兼シェフソムリエを務めています。
英司さんと語りあううちに、ワインづくりへの夢は膨らみ、「ワインの質はぶどうの品質で8割決まる。ならば良いぶどうを栽培することから始め、ワイナリーを作りたい」
しかし、ワイナリー設立には果実酒の製造免許が必要で、「当時はざっと数億円の設備投資が必要なことがわかり、ワイナリーを作ろうという夢は諦めるほかありませんでした」
やがて、製造免許の条件となる年間醸造量が緩和されて必要な初期投資も縮小し、県内にも小規模ながら個性の光るワイナリーができ始めます。「自分にも手が届くかもしれない」。そう思ったところへ2007年に母親が他界。翌年、ワインなら農業を継いでやってみたいと、シャルドネとメルローを植えてみました。
じつは大町市は1983(昭和58)年にワインぶどう生産組合が設立され、20人以上の農家がワイン用ぶどうを栽培していました。その後、農家が激減するなか、セイベルという欧州系品種を栽培し続けてきたのが、元組合長を務めた小林守雄さん。若林さんの叔父に当たります。小林守雄さんにぶどう栽培を学び、さらに近隣ワイナリーへ勤務して栽培と醸造を学んで、ヴィンヤードとして独立を果します。
「ワイナリーで生計を立てるには、年間1万本の生産が目安といわれます。私が目指すのは、ワイナリー設立5年目で2万本。今はまだ経済的には大変ですが、将来に向けて必要な投資をしていきます」
「北アルプスの岩石のミネラルを含む水は、植物の枝や茎を丈夫にする働きがあります。このあたりは有機栽培に適しているんですよ」
さらに、アルプスおろしと呼ばれる風が吹くため、病害に遭いにくいのも大きなメリット。今はまだ一般的な慣行農法ですが、できるだけ有機農法に近づけようと、除草剤や化成肥料も使わない方向です。まずは、農林水産省が定めた「特別栽培農産物」を目指しています。
「今は慣行農法と有機農法の間の落としどころを探っているところです。小規模だからこそ、特徴のあるワインを作っていきたいのです」
来年2015年3月には念願のワイナリーが完成し、この年の収穫から自社醸造が始まります。大町市初のワイナリーからどんなワインが誕生するのか、北アルプス山麓のテロワールに期待が膨らみます。
(取材・文/平尾朋子 写真/平松マキ)
若林 政起
わかばやし まさき
1973年、長野県大町市出身。地元でスイミングスクールのインストラクターなどを務めたのち、上京してシステムエンジニアやウエブクリエイターとして勤務。35歳のときに大町市に戻り、実家の農地にワイン用ブドウを植える。5年後の2013年にノーザンアルプスヴィンヤードを設立。2015年3月にワイナリーを設立の予定。いずれは国内でも数少ないドメーヌを目指す。