vol.79 シャトー・メルシャン
椀子ワイナリー
小林 弘憲さん
NAGANO WINEを牽引し
世界に認められたワイナリー
椀子ワイナリーができるまで
上田市丸子地区(旧 小県郡丸子町)の陣場地区は、養蚕が栄えた頃には一面の桑畑が広がっていました。蚕業の衰退後は薬用人参の栽培が行われましたが、平成に入る頃には25ヘクタールもの農地のほとんどが遊休荒廃地となっていました。
年間降水量が900mm以下と少ない台地は干害を受けやすく、栽培できる農作物は限られますが、陽当たりが良く、水はけと風通しが良いこの地は、まさにぶどうにとっては適地でした。
この陣場台地に着目したのがメルシャンです。メルシャンといえば桔梗ヶ原メルローを世界に知らしめ、長野県におけるワインづくりを牽引してきた存在です。
2000(平成12)年には「陣場地区土地利用研究委員会(現在の陣場台地研究委員会)」が組織され、約100人の地権者が所有する農地が取りまとめられました。メルシャンは「農業生産法人ラ・ヴィーニュ」を設立してこの広大な農地を借り受け、2003(平成15)年に「椀子ヴィンヤード」を開園しました。
いずれはこの地にワイナリーを建設するという計画はヴィンヤード設立当初からあったものの、長らく収穫されたぶどうは山梨県の勝沼ワイナリーに運び込まれ、彼の地で醸されてきました。
椀子ヴィンヤードが世界の認めるワインを生みだすようになり、NAGANO WINEの評価が年々高まって、いよいよ機が熟した2018(平成30)年に「桔梗ヶ原ワイナリー」が、その翌年に「椀子ワイナリー」が完成しました。
世界に認められたワイナリー
「椀子ワイナリーのコンセプトは『魅せるワイナリー』です。ぶどうの栽培をしているところ、ワインを醸造しているところ、全部お見せして、ワインの魅力をお伝えしたい」
こう語るのは、ワイナリー長の小林弘憲さんです。小林さんは当初からワイナリー建設計画に関わり、ワイナリー設立後はワイナリー長に就任。さらにラ・ヴィーニュの責任者としてぶどう栽培も担っています。
小林さんの言葉どおり、ワイナリーの2階からは360°ぶどう畑が見渡せ、醸造スペースに面した窓からは作業の様子をつぶさに見ることができます。同じく2階にはテイスティングカウンターとワインショップもあります。
そんなワイナリーの在り方が認められ、ワイン観光に取り組む世界最高のワイナリーを選ぶ「ワールド・ベスト・ヴィンヤード2020」で世界30位、アジアでは1位に選ばれました。翌年もまた世界33位に選ばれ、アジアを代表するワイナリーとして2年連続で評価されています。
県内各地のワイナリーを取材して感じるのは、その開かれた体質です。畑や醸造所を惜しげもなく案内し、その設備や技術について隠すことなく何でも教えてくれるーーそうした大らかな姿勢を、椀子ワイナリーはよく体現しています。それは何に由来するのか、小林さんにたずねました。
「産地ごとの気象条件などがぶどうの果実に詰め込まれ、それぞれの個性となります。たとえ同じように仕込んだとしても、同じワインにはならない。基本的に隠すところは何もないんです。ワイナリー同士、畑の仕立て方や栽培管理について積極的に意見交換を行います」
自分たちの役目
小林さんは言葉を継ぎます。「メルシャンの先輩方から引き継いでいることは、自分たちだけでやろうとしてもブランドの確立は難しく、ワイン文化も根づかないということです。日本ワインは、日本酒と比較して歴史は浅く、ビールほど広く飲まれてもいません。本格的なワインが一般的に飲まれるようになったのは、ここ数十年のことです。勝沼でも桔梗ヶ原でも、地域ブランドの確立に向け、地元のみなさんと一緒に時間をかけて取り組んでいます」
小林さんはかつて商品開発研究所に所属し、甲州ぶどうから柑橘系のアロマを発見し、「甲州きいろ香」を開発しました。その研究に対して2005(平成17)年には「日本ブドウ・ワイン学会」の技術賞を受賞をしています(研究のうえに偶然が重なった開発秘話はこちら)。
かつてのシュール・リー製法も含め、メルシャンがそうした研究成果を開示し、栽培や醸造技術をほかのワインメーカーたちと共有してきたからこそ、勝沼には甲州が、桔梗ヶ原にはメルローが根づいてきたのです。
「まわりのワイナリーさんと一緒に切磋琢磨して、みんなで地域を盛り上げていく。そのために少しでも牽引できればと思っています」。そんな小林さんらワインメーカーの清々しい姿勢こそが、ワイナリーを訪れて感じる気持ち良さ、風通しの良さの所以なのでしょう。
小林 弘憲さん
こばやし ひろのりさん
1974年生まれ、山梨県出身。山梨大学医学工学総合研究学部博士課程修了。1999年メルシャン株式会社入社。商品開発研究所在籍中に甲州ワイン「きいろ香」の開発で2005年日本ブドウ・ワイン学会の技術賞を受賞。椀子ワイナリーには建設計画当初から携わり、2019年からワイナリー長として栽培と醸造を統括する。
Château Mercian 椀子ワイナリー
シャトー・メルシャン まりこワイナリー
所在地|長野県上田市長瀬146-2
TEL|0268-75-8790
URL|https://www.chateaumercian.com/winery/mariko/index.html