vol.94
KIRINOKA VINEYARDS & WINERY
沼田 実さん

20年探し続けた栽培適地・小野で
目指すは究極のピノ・ノワール

vol.94<br>KIRINOKA VINEYARDS & WINERY<br>沼田 実さん  <br><br>20年探し続けた栽培適地・小野で <br>目指すは究極のピノ・ノワール
メインカット|2023年はピノ・ノワール「零」「壱」としてリリース。メーカーとサイズの異なる樽で仕込んだ

ピノ・ノワールに魅せられ
栽培の理想の地・小野へ

長野県の真ん中に位置する辰野町の、塩尻市との境にある霧訪山の麓、南南東向きの斜面に沼田実さんの畑はあります。ピノ・ノワールを栽培する理想の土地を20年かけて探し続け、ようやく出会ったのが、ここ小野でした。

標高850m。冷涼な気候で、昼夜の寒暖差が大きく、降雨量は少ない。傾斜に沿って植えられた畝の間を、風が吹き抜けます。「ここは伊那谷の影響を受けやすく、夏は南風が強く吹きますが、冬の北風は霧訪山がさえぎってくれます」

水はけや風通しの良さはぶどうの生育にとって好都合ですが、沼田さんが何より重視するのは地質。「このあたりは1億5,000万年前のジュラ紀の地質で、メインは砂岩と泥岩とスレート。表土は御嶽山由来の火山灰が積もった黒ボク土です」

「火山灰由来の土は酸性に寄りがちなんですが、小野はpH6.7で、ほぼ中性です」。霧訪山に連なる大芝山は石灰の採掘場であり、つまり一帯はかつて海でした。一般的な農業では、酸性化した土壌にはアルカリ性の石灰をまいて中和させますが、ぶどう栽培にとって良い土壌が、ここでは自然に整っているのです。

「僕が好きなピノ・ノワールのスタイルを表現するためには、海洋性の堆積土であることが必要でした」

鉄分の多さも小野の土壌の特徴。「白いシャツを洗濯すると赤くなってしまうから、昔は小学校で茶化されたそうです」。畑にもよるが、それもまたワインの味にも影響するのだと沼田さんは言う ©︎キリノカ

沼田さんがピノ・ノワールに魅せられたのは、大学を卒業後に勤めたホテルでソムリエをしていた頃。フランス・ブルゴーニュの「ラ・ターシュ」と出会い、その複雑な香りや味わいと、圧倒的な存在感に衝撃を受けたのです。

ピノ・ノワールは、ヴィティス・ヴィニフェラ種とも呼ばれるヨーロッパ系ぶどう品種で、ロマネ・コンティの造られるフランスのブルゴーニュ地方が産地として有名です。果皮が薄く繊細なぶどうで、雨の多い日本では栽培が難しいとされています。

「しかし」と沼田さん。

「ヨーロッパのぶどう産地は、ぶどうの生育期間中は雨が少なく、秋遅くには雨が降り出すので、その前に収穫することを重視しています。日本は、秋の遅くには雨が少なくなり、しかも10月の気候条件は世界のワイン産地のなかでも最高。昼夜の寒暖差は大きくなり、糖度が上がるけど、酸度は下がらない。つまり、10月中旬から下旬まで収穫を引っ張れれば、世界最高のぶどうが取れる可能性があるんです」

除草剤は不使用、農薬は必要最小限の使用に押さえ、草生栽培の畑に健全なぶどうが実る ©︎キリノカ
苗を植えたあとは信州に伝わる「馬耕」で土をほぐし、土中の微生物へ空気を送りこむ ©︎キリノカ

ワイン業界ひと筋
満を持してつくり手の道へ

沼田さんはホテルマンとして10年間勤務した後、30代半ばでオーストラリアワイン専門の輸入商社へ転職。国内出張のたびにピノ・ノワール栽培に適した地を求めて各地をまわりはじめます。地質図Naviや気象庁の気象データも駆使しながら「北海道を中心にワイナリーや畑を訪ねては、酸度を測るpHメーターを土に突き刺してましたよ」

一方でワインコンテストの審査員も務め、2008年には「ジャパンワインチャレンジ」で最優秀日本人審査員賞を受賞。そして同年、いよいよ栽培醸造家としての一歩を踏み出します。

アメリカ・オレゴン州にあるピノ・ノワールの名門ワイナリーでの研修を経て、ニュージーランド国立リンカーン大学へ進み、栽培学と醸造学を修めました。帰国後は、ワインスクールの講師を務めたり、ワインコンサルタントとしてワイナリーの立ち上げにも携わりました。

ワイナリー併設のセラー。内観はグレーに木の風合いを生かし、外観はグレーがかったブルーに赤いドアがアクセント ©︎キリノカ

2014年には塩尻ワイン大学の一期生に。この頃にはワイナリー候補地を絞り込み、本命である長野県で知己を得る目的もありました。

「生徒だけでなく講師にも容赦ない
発言をしてましたよ」。その真意は、志をともにする人たちと高いレベルで連携したかったから。「海外で目にしたのは、自分の人生をかけて学んでいる人ばかり。真剣度合いがちがうんです」

だからこそ強気の姿勢を貫き、煙たがられもしましたが、4年間をともにした仲間とは、今では同じ栽培醸造家として夢も悩みも分かち合える仲になっていると沼田さんは言います。

2020年、大学仲間を通じて畑を借り、ピノ・ノワールを定植しました。耕作放棄地を妻とともに開墾する様子を見て、近所から「うちの畑もやってくれないか」と声がかかります。

目指すはピノ・ノワール専門のワイナリー。ところが思うように苗木が集まらず、シャルドネ1000本も加えて、今ではピノ・ノワール4000本が北小野と合わせて3.5ヘクタールほどの畑に植えられています。

セラーは3月以降の土・日曜営業予定だが、事前にメールをすれば対応してくれる
キューバ音楽を愛する沼田さん。取材中にもコンガが届く。海外修業先でも音楽が仲間をつないでくれた
キリノカほか近隣ワイナリーのワインを試飲・購入可。キリノカ発行の冊子『OGOSSO」も並ぶ
2023年ロゼ「鴇羽(ときは)」は、ペティアン「La Goccia(ラ・ゴッチャ)」とともに人気を呼んだ

2023年の初ヴィンテージ
2024年は波乱の自社初仕込み

2023年にはファーストヴィンテージを初醸造。委託先は山梨県のワインづくり研究所です。食品製造機器の輸入販売会社が営むワイナリーで、醸造機器を試用することができました。

「2023年は猛暑で、予定より2週間早い収穫となりましたが、いいぶどうがとれました」。納得のいく仕上がりとなった赤ワインは樽を変えて2種リリースしました(ページ最上段のメインカット)。

そして2024年、いよいよワイナリーが完成し、自社での初仕込みをむかえます。が、5月10日早朝、遅霜に襲われて新芽が全滅してしまいます。20年に一度あるかないかの出来事でした。この年は結局、副梢を伸ばして収穫できたのは4〜500kg程度。このうち選りすぐりを樽に入れ、残りはロゼやペティヤンとしてリリースする予定です。

自社畑だけでは足りないぶどうを、栽培醸造仲間が融通してくれました。なかには大手ワイナリーの閉鎖に伴い、行き場を失っていたぶどうもありました。沼田さんは思いがけず、メルロー、カベルネ・ソーヴィニヨン、ピノ・グリ、シラーの醸造にも取り組むことになったのです。

「仕込む器もぶどうに合わせてバラバラです。理想の仕入れ量になるわけじゃないですから」

「造りにおけるキリノカらしさといえば、まず、収穫したぶどうは必ず5℃に冷やしてから仕込みます」。こうすることで酸化のリスクを減らし、亜硫酸の添加量を最小限にします。

「白ぶどうのスキンコンタクトも必ず行います。通常3時間から半日ほどのところ、うちはひと晩から3日ほどかけます。それができるのは、温度をコントロールできるから」。低音でゆっくり時間をかけることで、苦みや渋みを出さずに、皮からの風味を引き出すことができるのです。

「黒ぶどうは状態に応じてダイレクトプレスだったり、セニエだったり、ロゼにまわします。赤が増えれば、必然的にロゼが増えるんですよ」

「すべては、ぶどうのポテンシャルを目一杯、引き出してあげるため。どんなぶどうも一生懸命育てたことに変わりはありません。そのぶどうをおいしいワインにしてあげるのが、ワイナリーの役目だと思います」

櫂入れをするためのビジャージュ棒は焼酎メーカーの特注品。「手になじむ道具は大事」
小野にある大芝山の石灰石を使った卵型コンクリートタンクが仕込みの時を待つ

つくるべきはプレミアムワイン
仲間と連携し、世界を視野に

「長野県が勝負するとしたら、プレミアム感のある高級ワインです。だからヨーロッパ系のぶどう品種で世界トップを目指さないといけないし、その可能性があると思っています」

思いを同じくするワイナリーに声をかけ、Artisan Winegrowers NAGANO(アルチザン・ワイングロワーズ長野)というグループを立ち上げました。「プランニングしたのは2022年。まだ自分でワインを造っていない状態で人を集めました」と沼田さんは笑います。

そして長野県内11社が参加して、2023年と24年に東京での試飲会を行いました。

さらに、伊那谷のワイナリーで連携し、プロモーションをかけていく取り組みもはじまっています。

「伊那谷が面白いのは、中央アルプスと南アルプスに挟まれたダイナミックな景観があること。地質や気候に合うぶどうの品種を見極めていけば、伊那谷らしいワインができてくると思います。その際は、ヴィティス・ヴィニフェラから選ぶべき。世界中で試され、生き残ってきた品種ですから」

「新しい産地にはチャンスがあふれています。気候変動すら長野県にとってはチャンス。長野県には可能性があふれているんです。私は、ここ小野で世界トップを目指します」

 

沼田 実さん

ぬまた・みのる

1962年生まれ、神奈川県川崎市出身。日本大学哲学科を卒業後、都内ホテルやワイン輸入会社勤務を経て、ニュージーランドでワイン造りを学び、帰国後はワインスクール講師やコンサルタントに携わる。2020年より長野県辰野町小野で開墾をはじめ、ピノ・ノワールとシャルドネを定植し、2024年に自社ワイナリーを設立。

KIRINOKA VINEYARDS & WINERY

キリノカ ヴィンヤーズ&ワイナリー

住所|上伊那郡辰野町小野1305-1

電話|0266-75-0574

Mail|info@kirinoka.com

URL|https://kirinoka.com

取材・文/塚田結子 写真/平松マキ
2025年01月23日掲載