vol.98 キフタトワインズ
日達桐子さん

家族で営む農園のぶどうを
八ヶ岳の自然で醸すワイン

vol.98 キフタトワインズ<br>日達桐子さん<br><br>家族で営む農園のぶどうを<br>八ヶ岳の自然で醸すワイン

原村で、家族で取り組むぶどう栽培

原村は、八ヶ岳西麓のなだらかな高原に位置し、標高900〜1300mの冷涼な気候のもと、セロリなど高原野菜やアネモネなど花の生産が盛んです。
 
温暖化に伴いワイン用ぶどうの生産者が増え、2020年にはワイン特区に認定されました。さらに2023年には茅野市と富士見町を加えた「八ヶ岳西麓ワイン特区」に広がりました。
 
村内では2022年からワイナリーの建設が続き、2024年、5軒目のワイナリーが竣工しました。日達さん一家が営む「キフタトワインズ」です。キフタトは、家族の名前の頭文字をつなげました。
 

父の俊幸さんと母の貴子さんを「ものすごく尊敬している」と桐子さん。「朝から晩まで働いて、子育てにも手を抜かない。大事に育ててもらったので、次は私が返したい」


畑の標高は1015m。凍害が出やすく、寒さから苗を守るワラ巻きは欠かせません。遅霜対策として、品種によって剪定のタイミングを変えたり、畝間で火を燃やすこともあります。「雪に埋もれてくれれば、むしろ安心なんですが、このあたりは降っても2〜30cmくらい」。こう話すのは日達家の双子の姉、桐子さんです。
 
桐子さんの両親である俊幸さんと貴子さん夫妻が営む「原山農園」は、かつて花を栽培し、その後ほうれん草に転向し、2015年からワイン用ぶどうの栽培にも取り組んできました。
 
日達家は俊幸さんの父の代から続く農家ですが、かつての田んぼが長らく耕作放棄地となっていました。「水はけが良すぎて田んぼとしては機能せず、そこを父が開墾したんです」
 

「母はどんなに忙しいときも食事作りに手を抜かないし、お弁当に冷凍食品が入ってたことはありません」
「父は先見の明がある人。花の種類を変え、ほうれん草に転向し、祖父から継いだ農家の経営を立て直しました」

家業のワインづくりを志す

両親がほうれん草に加えて、ぶどう栽培をはじめた当時は、「畑の手伝いはしていましたが、自分が農業をやるとは考えていませんでした」
 
とはいえ「農作業や自然、原村が好き」という桐子さんは、長期休みは家の手伝いができるように県内の大学に進学します。両親がワイン用のぶどう栽培に取り組んでいることを意識して、在学中のインターン先としてワイナリーを選びました。「そこでワインづくりに関わることが、すごく面白かったんです」
 
大学4年生で山梨県南アルプス市のドメーヌヒデでアルバイトをし、卒業後も週2〜3日勤務しながら、残りの日は実家の畑に立ち、そのうち1年間は山梨大学ワイン科学研究センターのワイン・フロンティアリーダー養成プログラムに通いました。
 
これは山梨大学を中核に、ボルドー大学など他大学とも連携しながら、日本ソムリエ協会、山梨県ワイン酒造組合、ワイン関連企業などから講師を招聘し、日本のワイン製造に携わる高度人材を育成するという、文部科学省が認定する職業実践力育成プログラムです。
 
カリキュラムはワイン醸造、ぶどう栽培、ワイン品質管理に加えて、ワイン評価や経営、法律、マーケティング、さらにワイナリー演習やテイスティング演習まで多岐にわたります。桐子さんは平日夕方から、あるいは土曜の講義に通い、ワインづくりに関わるあらゆることを学びました。
 

畑の一角に俊幸さんが建てたログハウス。以前はここでワインを販売し、今は農具置き場 兼 休憩所となっている
中には俊幸さんの趣味のオーディオセットを置き、双子の妹、楓子(ふうこ)さんのイラストを飾っている
ほうれん草栽培用のハウス。一部のハウスを利用してピノ・ノワールを植えている

ワイン修業の日々

実家の農園では、2019年に初収穫をむかえていました。俊幸さんは高山村のマザーバインズに醸造を委託し、醸造技術を学びます。翌年は桐子さんと妹の楓子さんも醸造研修に加わりました。そして2021年には中川村の南向(みなかた)醸造へ委託しました。

山梨市の三養醸造、伊那ワイン工房でも委託醸造をしながら、2023年には東御市のカーヴハタノへぶどうを持ち込みました。
 
「さまざまな委託先で、慣行的なつくりから自然派のつくりまで学び、自分の目指すスタイルが定まってきました。特に波田野さんからは、樹の生理からワインづくりの考え方など幅広く学ばせていただきました。多角的な視点で幅広い選択肢から決めていく。私もそうありたいと思いました」
 
ドメーヌヒデを退職した桐子さんは、2024年3月からニュージーランドへ渡り、Sato Winesの佐藤嘉晃さん、恭子さん夫妻のもとで2か月間、研鑽を積みました。
 
「目から鱗のことばかり。ぶどうが微生物とともにきれいな形でワインへと姿を変え、成長していける幸せな環境を整える。それを実現するためには、人の技が必要不可欠。1ヴィンテージ一緒にやらせていただき、ワインをつくるということについて、より深く考えるきっかけになりました」
 

インパクトのあるラベルは、キフタトワインズの魅力のひとつ。イラストは楓子(ふうこ)さんが手がける。「妹とは二卵性のせいか真逆の性格。妹は感性が鋭くて、ワインを飲んで感じたことを絵に表します」

ワイナリー完成と自園初醸造

2024年9月にワイナリーが完成。大学在学中も含めて5年間、たくさんの醸造家のもとで貪欲に学び、体系的な知識も身につけて、いよいよキフタトワインズの自園初醸造をむかえました。
 
桐子さんの目指す醸造スタイルは「不必要なものは添加せず、かといって汚さず、そして磨きすぎず。旨みがあり、スーッと身体に染み込んでいくワイン」
 
そのためにも健全なぶどうを栽培することは不可欠です。「同じ品種でも、年によって樹によって、樹勢や熟し方、病害虫の出方などにちがいがあり、アプローチの仕方は変わります。適切なタイミングで、適切な作業や対処ができるように、しっかり観察することを大事にしています」
 
「父が試しながら植えてきた品種が10種くらいありますが、このあたりなら早く収穫できるピノ・グリ、ソーヴィニヨン・ブラン、ゲヴェルツトラミネールに加え、意外とメルローが合っていると思います。香りが良く酸がきれいに残る品種を絞っていきたいです」
 
原村の冷涼な気候のもと、大好きな八ヶ岳を見上げながら、桐子さんなりのワインづくりははじまったばかりです。
 

上下水道敷設の都合で幹線道路沿いに建てたワイナリー。入り口はあえて道とは反対側に設けた
あちこちのワイナリーで聞き取り、修業先で使ってみて、自分のやりたい仕込みに合わせて機材を選んだ
卵型の発酵タンクは対流の起こりやすい形状で、軽くて移動も洗浄も楽
入り口の扉は、外国製の把手を大工さんに無理を言って取りつけてもらった。照明器具と合わせてお気に入り
事務室 兼 応接室は、祖父の家の長持ちや実家の民芸家具を持ち込んで、居心地よく設えた

日達 桐子さん

ひたち・きりこ

1998年、原村生まれ。大学卒業後、山梨県のドメーヌヒデで3年間勤務。その間に山梨大学ワイン・フロンティアリーダー養成プログラムで学ぶ。2015年から両親が営む「原山農園」でワイン用ぶどうの栽培開始。2019年、委託による初醸造。2024年、ニュージーランドSato Winesでの研修後、ワイナリー完成。自園初醸造を行う

KIFUTATO WINES

キフタトワインズ

住所|諏訪郡原村払沢12642-1
HP|https://kifutato.stores.jp/
Instagram|https://www.instagram.com/kifutato/

取材・文/塚田結子  写真/平松マキ
2025年03月17日掲載