Vol.90
ドゥ モンターニュ タテシナ醸造所
安孫子尚さん、山岡剛さん
ひとつのワイナリーで
二人のヴィニュロンが醸す
二つのテロワール

Vol.90 <br>ドゥ モンターニュ タテシナ醸造所<br>安孫子尚さん、山岡剛さん<br>ひとつのワイナリーで<br>二人のヴィニュロンが醸す<br>二つのテロワール

立科町に2軒目のワイナリー誕生

2017年から立科町でワイン用ぶどうを栽培している「Abbey’s Vines(アビーズバインズ)」の安孫子尚(あびこたかし)さんと、2023年から小諸市でワイン用ぶどう栽培をしている「MC’s Vines」の山岡剛(やまおかたけし)さんが、2023年9月に立科町にて「ドゥ モンターニュ タテシナ醸造所(DEUX MONTAGNES Tateshina)」を開設、同町内では「たてしなップルワイナリー」に次いで2軒目のワイナリーが誕生しました。

「ドゥ モンターニュ」とは、フランス語で「二つの山」。二人の共同醸造所であることを意味しています。蓼科山の麓、立科町にある安孫子さんの畑と、浅間山の麓、小諸市にある山岡さんの畑、それぞれ自分のぶどう畑は自分が中心になって管理、収穫したぶどうを別々に醸造します。二人のヴィニュロン(栽培醸造家)が、それぞれのワインを造り、シリーズを分けてリリースすることで、ひとつの醸造所から二つのテロワールを表現するワイナリーです。

ショップと試飲スペースが併設されたワイナリー。
とても見晴らしがよく、ワイナリーから蓼科山と浅間山も見えます。

Abbey’s Vines

日本百名山のひとつ、蓼科山の麓に位置する立科町は、昼夜の寒暖差が大きく、晴天率の高さと日照時間の長さに加え、蓼科山から清らかな水が豊富に流れることなどから農産物の栽培に適しています。稲作やりんごの栽培が盛んですが、近年ワイン用ぶどうの生産地としても注目されています。
2023年、IWCに次いで影響があるといわれている世界最大の国際ワインコンクール「デキャンター・ワールド・ワインアワード」にて、サントリーが出品した白ワイン「SUNTORY FROM FARM ワインのみらい 立科町 甲州 冷涼地育ち2021」が金賞を受賞、「良いワインは良いぶどうから」といわれるように、立科町で栽培されたぶどうの品質の高さが証明されました。

その立科町に自社畑を持つAbbey’s Vinesの安孫子さんはアルカンヴィーニュの2期生で、以前は証券会社に勤務していました。香港に7年半赴任をしていたときに知り合いのイギリス人からワインの手ほどきを受けて興味を持ったことをきっかけに、現在の道を歩むことになりました。ヴィンヤード名のAbbey’sは、安孫子さんのニックネームです。畑は標高690m前後に点在し、合わせて1.5ヘクタールに約4,000本のワイン用ぶどうを栽培しています。
借りられた畑はもともと荒廃地や休耕地だったので、開墾からはじめました。身長より高い茅が一面に生えている荒廃地もあり、抜根して天地返しを行い、空気を入れて土を起こしました。安孫子さんは「約3ヵ月間、毎日茅の根を手で拾っては別の場所へ移動させましたが、気がついたら軽トラックに80杯分にもなっていました」と笑います。
日本はワイン用ぶどう栽培の歴史が浅く、ヨーロッパに比べるとデータが少ないので仮説を立て、実験しながら栽培しています。
たとえばぶどうの苗木はクローンと台木をさまざまに掛け合わせて植栽、この土地にあった組み合わせを探しています。ぶどうの苗木を品種ごとに交互の列で植えたり、一列に別の品種を混植すると、異なる品種や異なるクローンを植えることで壁になり、病気がそれ以上先へ移らないこともわかってきました。

「植物はおもしろいです。畑を見ていると、植物同士でコミュニケーションをとっているのではないかと思います。愛読書にイタリアの植物学者ステファノ・マンクーゾ著の『植物は知性を持っている』があります。"植物はものすごい知能の高い生き物である"という内容なのですが、実際に植物は芽を出したら移動することができないので、その場所で生き残るための環境適応能力が高くなります。たとえば、自分が虫に食べられると他の木に向けてサインを送り、他の木は特殊な物質を出して、その虫がつかないようにすることが科学的に証明されてきました」

ワイン用ぶどう栽培をはじめて7年が経ち、実験の結果が少しずつ出てきたので別の畑にフィードバックしたり、求められたらその情報を開示したりして「みんなで良い方向へ進んでいけたらいいな」と、安孫子さんは微笑みます。

同じ品種のクローン違いや台木の組み合わせ違いは多いのですが、植栽したぶどうの品種は多くありません。黒ぶどうはピノノワールとカベルネフランの2種類。ピノノワールは雨の多い日本の気候では栽培が難しいといわれていますが、もともとピノノワールに惹かれてワインのつくり手を目指した安孫子さんに、ピノノワールを植えないという選択肢はありませんでした。「リスクヘッジを考えてカベルネフランも植栽しました」。イメージはすみれの香りなど、ブルゴーニュのピノノワールに比較的似ていると感じたロワール地方のカベルネフランです。
白はソーヴィニヨンブラン、セミオン、ピノグリの3種類を植栽しました。ソーヴィニヨンブランとセミオンは混醸で、ボルドーブランのような辛口のワインを造る予定です。「ピノグリはドライもスイートも特徴を捉えて造ることができるおもしろい品種」と、醸造を楽しみにしています。

重粘土質の畑。根が伸びないので木がゆっくり成長します。安孫子さんは「ゆっくり成長するのは決して悪いことではなく、果実に深みが出ると思っています。畑は出会い。良い畑を借りられてよかった」と、語ります。
安孫子さん撮影。立派に育ったぶどうがたわわに実ります

MC’s Vines

小諸市に自社畑を持つMC’s Vinesの山岡さんも、日本の銀行やフランスのパリ国立銀行、アメリカの証券会社などで25年ほど金融の仕事に携わってきました。営業の知識を深めるため社内で定期的にワイン会が開かれることが多く、そこからワインに興味を持つようになりました。ワイン会はブラインドテイスティングで開催されるのですが、山梨県のワイナリー「BEAU PAYSAGE(ボーペイサージュ)」の岡本英史さんが造ったワイン「ツガネ ラ・モンターニュ」を飲んだ時に「陰性のピノ」と答えてしまいました。陰性のピノとは、フランスのブルゴーニュで造られるような品の良い繊細なピノノワールのこと。実際は日本で造られたメルローのワインだったので「日本でもこのようなワインを造ることができるのだ、そして2000年代後半、すでにこのようなワインを造ることができる人がいるのだ」と、とても驚きました。2018年に早期退職して軽井沢に移住、大好きなワインを学ぶためアルカンヴィーニュの5期生になると仲間にワイナリー開設を視野にワイン用ぶどう栽培をしている人が大勢いて刺激を受けます。第二の人生はワインを学んで輸入販売の仕事をしようかとも考えていた山岡さんですが、こうしてワイン造りの道を歩むことになったのです。

いろいろな畑やワイナリーで研修したのち、2023年に自社のワイン用ぶどう栽培をはじめました。安孫子さんとはもともと会社員時代からの知り合いで、安孫子さんが今は立科でワイン用ぶどう栽培をしていると知ってはいたものの、実際にAbbey’s Vinesを訪れると「世の中狭いものだな」と、とても驚きました。安孫子さんに共同醸造所を一緒にやらないかと誘われた時はうれしかったといいます。
「まだ栽培をはじめて1年目ですが、安孫子さんの栽培7年で得た研究成果に自分の考えも加えてスタートすることができました」
現在、黒ぶどうはメルローとピノノワールを栽培、順次カベルネフランとマルベックも植栽予定です。最も本数が多いのはメルロー、2番はカベルネフランの予定で、ボルドー右岸のボルドーブレンド(メルロー50%・カベルネフラン50%、ワイナリーによってはマルベックも数パーセントブレンドされている)のようなワイン造りを目指しています。白ぶどうはシャルドネ、ソーヴィニヨンブラン、リースリングを植栽しました。現在、ぶどう畑は標高が高いところで850m、2024年に開墾予定の標高がもう少し低い場所にある畑も含めると0.7ヘクタールになり、2025年を目標に少しずつ醸造予定です。

造りたいワインのスタイルを決めて逆算

ワインは良いぶどうを育てることが一番重要だと考える二人は、「健全なぶどうを育てるとワインを醸す時にいろいろなことができる」と、語ります。たとえば収穫したぶどうを除梗破砕したあと、すぐに酵母を添加せず低温で発酵前浸漬(低温マセレーション)をすると複雑な味わいや香りになるのですが、健全なぶどうでないと耐えられずに風味が落ちたり、オフフレーバーが出たりして飲みにくいワインになってしまいます。発酵が終わった後も、もろみを少しの間そのままにしておく発酵後浸漬(マセレーション)をすると今度はタンニンが付くのですが、それもぶどうが強くないと途中でへたり、味わいや香りが劣化してしまいます。
そのほかにもフィールドブレンドをしたり、発酵後に澱引きをした時に澱の質が良ければ澱戻しをして複雑味を出したり、どのような味わいのワインを造りたいかによって工程が変わるので、できることの引き出しは多い方が良い、つまり健全なぶどうであることが必要と語ります。

2023年は雨が少なくとても暑い日が続いたので、ぶどうの糖度が高くなり酸が落ちてしまったそう。通常、ワイン用ぶどうは完熟を少しだけ過ぎた「過熟」と呼ばれる状態で収穫することが多いのですが、酸を大切にしている安孫子さんは悩んだ末に、かなり早く収穫して仕込みました。どのようなワインを造りたいのかスタイルを先に決めて逆算し、栽培や醸造を管理しています。今までほかのワイナリーで研修を受けて学んだり、委託醸造でいろいろ試したりしてきたことをもとに仮説を立てて実験、自分たちのワイン造りをすることでテロワールを表現していきたいと考えています。
自家醸造の初ヴィンテージは、白が2024年初夏、赤が2024年の年末から翌年のはじめにかけてリリース予定です。自社の公式サイトまたはワイナリー併設のショップなどで購入可能です。

安孫子さん
山岡さん

共同醸造所で二人が醸す二つのテロワール

山岡さんのMC’s Vinesから安孫子さんのアビーズバインズまでは車で30分ほど離れています。千曲川の右岸と左岸に分かれ、標高も違うので収穫のタイミングがずれ、同じ設備を使って醸造することができます。「栽培している品種が同じぶどうもあるのでヴィンヤード違いのテロワールを飲み比べることもできるし、経済的な観点からも、醸造所の特色という観点からも共同醸造所はとてもメリットがある」と、二人は語ります。それはひとつの醸造所で二人のヴィニュロンが二つのテロワールを表現する、新しいワイナリーの形です。

取材・文/坂田雅美  写真/平松マキ

安孫子尚さん 山岡剛さん

あびこたかし やまおかたけし

安孫子尚さん(右)1958年生まれ。長崎県佐世保市生まれ、東京育ち。証券会社に勤務していた時に7年赴任した香港でワインを教わり興味を持つ。帰国後日本ワインを飲んで「日本もすごい」と感じてヴィニュロンの道を目指すことに。2015年早期退職すると大町市のワイナリーにて約13ヵ月修業。2016年、千曲川ワインアカデミー2期生となり自社畑「Abbey’s Vines」を開設。2019年、マザーバインズとテールドシエルにて初ヴィンテージを委託醸造する。2023年、山岡さんと共同醸造所「ドゥ モンターニュ タテシナ醸造所」を開設する。

 山岡剛さん(右)1971年埼玉県生まれ、東京育ち。日本の銀行やパリ国立銀行、アメリカの証券会社など25年間金融の仕事に携わる。社内で開催されたワイン会をきっかけにワインに興味を持つようになる。2018年早期退職し、千曲川ワインアカデミー5期生になる。2020年に軽井沢へ移住。2023年、自社畑「MC’s Vines」と、安孫子さんとの共同醸造所「ドゥ モンターニュ タテシナ醸造所」を開設する。自社畑のぶどうが収穫できる2025年以降、MC’s Vinesのワインもリリース予定。

   

ドゥ モンタニュー タテシナ醸造所

 

所在地 長野県北佐久郡立科町牛鹿1774-9
TEL 0267-56-3600

※ショップは2024年6月ころ稼働予定です。来訪時は事前連絡してください 

Abbey’s Vinesのワインを購入したい場合は
TEL 0267-78-5465
MAIL takashi.abiko@deux-montagnes.jp

2024年02月23日掲載