Vol.88 Greve.t Komorokko Farm & Winery
吉岡秀之さん、小船睦巳さん
農業で人と人をつなぐ挑戦
小諸市の飯綱山公園内にレストラン&ショップ併設のワイナリー誕生
小諸市が公園活性化のため制定されたPark-PFI (公園に施設を設置して運営する民間事業者を公募により選定する制度)を利用して飯綱山公園に民間施設を募集。2023年に「STARRACE KOMORO(スタラス小諸)」がオープンしました。ショップ併設のワイナリー「Greve.t Komorokko Farm & Winery(グレーべ こもろっこふぁーむ&ワイナリー)」と、レストラン3店舗を兼ね備えた複合施設です。
Greve.t Komorokko Farm & Wineryは、兵庫県尼崎市に本社をおき、電気設備会社や飲食店、介護事業、農業など多方面に活躍するグループ会社「Hetre(エトゥール)Group Holdings」の農業・ワイン栽培・製造・販売事業部に属し、YouTubeチャンネル「こもろっこちゃんねる」を運営し、「農業で人と人をつなぐ」というテーマのもとワイン・農業・食・小諸の情報発信もしています。
代表の吉岡秀之さんは、奈良県生まれ兵庫県育ち。地元の工業高校を卒業したのちに電気工事会社に就職。2004年に24歳で独立し、吉岡電気工業を設立。大阪・梅田駅前にある高層複合ビルの現場をゼネコンから依頼を受け担当するなど会社を成長させて軌道に乗せると、もともとやりたかった和食やイタリアンの飲食店なども経営、グループ化して多方面に活躍してきました。
忙しく働く合間の休みに東御市など軽井沢近辺のワイナリーを巡ると、ぶどう畑がちょうど「ヴェレゾン」と呼ばれている状態で、ぶどうの粒が緑色から黄緑色、黄緑色から紫色へと色づいていくところでした。この神秘的な現象や、丘に沿ってカーブを描くぶどう畑の美しさに魅了され「この景色をつくってみたい」と思ったことがワイナリーへの道の第一歩となりました。
2019年、千曲川ワインアカデミーの5期生となり、どうやったらぶどう畑をつくることができるのか、ワインを造ることができるのかを勉強しながら畑探しをはじめます。
晴天率が高く降水量が少ないため、ワイン用ぶどうの栽培に適していることや、日本有数の観光地である軽井沢が近いので、たくさんの人にワインを知ってもらえるチャンスが多いこと、兵庫県から通いやすいことなどから小諸市を選びました。
「小諸市が定める新規就農者への補助制度や市職員が親身になって対応してくれることなど、バックアップが手厚いことも大きかった」と、吉岡さんは笑顔で語ります。
現場で学び、自社畑で実践
借りた畑は耕作放棄地だったので、まずは開墾からはじめました。林のように木が生えているところもあったので、バックホー(油圧式ショベル)を操縦する免許を取得。自ら抜根したり、チェーンソーで木を切ったりして少しずつ開墾していきました。
翌年、スピードを重視する吉岡さんは畑作りと栽培、ワイナリー設立を同時進行ですすめられるように求人募集をします。そこで出会ったのが、小船睦巳(こぶね・むつみ)さんです。
小船さんは、大阪出身の元ホテルマンです。採用後すぐに小諸市に移住し、栽培と醸造担当になりました。飲食店での勤務経験があり、ソムリエ資格があるので、ワインを提供することに関してはプロですが、農業ははじめて。吉岡さんに「ビーバー(草刈り機の商品名)で草を刈って」と言われたときに、動物のビーバーしか思い浮かばず「どういうこと?」と戸惑ったといいます。
手当たり次第草刈りをしていたら蜂を刺激してしまい、追いかけられたこともありました。「僕は小学生から高校3年生まで野球少年で、蜂より足が早かったので刺されずにすみました」と小船さんはおもしろそうに笑います。
トラクターで土をかき混ぜたら畑になると考えていたものの、実際に作業をはじめると「これは土木工事だ」と思うほど大変でした。千曲川近くの畑は大きな石がたくさんあり、2週間ひたすら毎日石を軽トラに載せて畑の隅へ除去したこともありました。
整地を終えてぶどうの苗を植えてからも、ぶどうの枝を誘引するタイミングが遅れて木があばれてしまい、本来の2〜3倍の時間がかかってしまったこともあります。投げ出したいような大変さでしたが「ぶどうの生命力に感動し、自然に対して尊敬の念が更に深まった」と吉岡さんも小舟さんも異口同音に語ります。
小諸市で紹介してもらったぶどう畑で栽培の研修を受けたり、同市内のワイナリー「テール・ド・シエル」のオーナー・池田岳雄さんが会長を務める小諸ワイングロワーズ倶楽部の勉強会に参加したり、実際の現場で学び、自社畑で実践。畑になっていく様子をYou Tubeで公開すると、少しずつ応援のコメントがつくようになりました。
ときには同じ志を抱く視聴者から質問がくることもあり、農業で人と人をつなぎたいという願いは一歩ずつ形になっていきます。ぶどう畑は、1年目は1ヘクタール、2年目は3ヘクタールと少しずつ増やし、5年経った現在は7ヘクタールになりました。
耕作放棄地が次々と美しいぶどう畑になる様子をみて「グレーべさんに畑を貸したらきれいになって、獣もでなくなったからいいよ」と口コミが広がり、今では「うちにも土地があるよ」と、地元の人から声がかかり、畑を任せられるようになりました。
ワインは好奇心旺盛に
栽培だけではなく、醸造に関してもほぼ未経験だった小船さんは「母体が兵庫県にある会社」というつながりで紹介してもらった「ドメーヌ・コーセイ」の味村興成さんのもとで2シーズン修業しました。ドメーヌコーセイはメルローのみでワインを造っているワイナリーです。
同じメルローでも、収穫した畑や収穫時期のちがい、クローンちがいなど、原料のちがいが直接ワインの味わいに関わることを目の当たりにして「まず良いぶどうを収穫することがワインを造る大前提」と感じ、栽培の大切さを学びました。
2021年、はじめて植栽した木が2年目になると、少しだけぶどうを収穫。長野県北部の高山村にあるう委託専門のワイナリー「マザーバインズ」にて委託醸造します。この時はマザーバインズのスタッフとして、たくさんのことを教えてもらいながら醸造しました。そのほかにもメルシャン桔梗ヶ原塩尻ワイナリーなど、さまざまなワイナリーの醸造を見学させてもらったことで、試してみたいアイデアもたくさん生まれました。
そのひとつが「コンクリートエッグ」と呼ばれる、コンクリートでできた卵形のタンクを使っての醸造です。「コンクリートエッグは、外気温の干渉を受けず、内部の温度が一定に保たれる特徴があります。ステンレスタンクとコンクリートエッグを同時に同じ果汁で仕込んだり、ステンレスタンクで発酵させたあとの熟成をコンクリートエッグと木樽に分けたり、好奇心を持ってチャレンジしたい」と初醸造に期待を寄せます。
基本的に良いぶどうが収穫できれば「ぶどうが自分でなりたいおいしいワインになる」と考えていますが、ただぶどうに任せて放っておくのではなく、ぶどうが発する声に耳を傾け、発酵途中にネガティブな香りが出て「酸素がなくて苦しいよ」と言っていれば呼吸ができるように酸素を入れるなど、ぶどうが出すサインを見逃さずに素早く適切な対処をしたいと小船さんは語ります。
「栽培の段階から厳しく選果した良質なぶどうを、畑で食べた直感をもとに組み合わせてその年のブレンドを考えたい」と、ワインの複雑で上質な味わいを求めるソムリエならではのワイン造りを目指しています。
小諸市の魅力を世界に発信
吉岡さんは、集客の多い軽井沢町から自社ワイナリーが近いことを重要なポイントのひとつに考えていましたが、この地で活動するうちに「小諸市自体が、旅の目的地として選んでもらえる魅力的な町」だと感じるようになりました。
小諸市には見晴らしの良い景色や温泉もあり、さくら名所100選に選ばれた「小諸城址懐古園」や国の重要文化財に指定されている「布引観音」などの名所があります。市内にワイナリーが点在しているので気軽にワイナリー巡りができ、スキーなどのウィンタースポーツやトレイル(歩くために整備された道)など、大自然を体験できるアクティビティもあります。
「もう少し食べるところがあればいいな」と考え、ワイナリーのある公園内にレストランを開業しました。地元の人を大切にしたいとの想いから、地元の人には「スタラスカード」を配布。月ごとの特典を受けられます(小諸市在住でなくてもSNSをフォローすればOK)。レストランはモーニングから提供、キッズメニューやドッグメニューも常時用意。テイクアウトも可能です。
美術館に隣接する立地を意識して、敷地内には地元在住のアーティスト・福あゆ実さんのオブジェをいたるところに設置したり、子どもがそり遊びができるように芝を植えて整地したり、木製遊具を設置したりもしました。公園内には長野県動物愛護センター「ハローアニマル」があり、ドッグランも併設されています。大人から小さな子ども、愛犬まで楽しめるスポットの誕生です。
「家族で公園を訪れ、トゥクトゥクに乗ってぶどう畑を見学した後、レストランで食事をして、ショップで買いものを楽しんで、公園で遊ぶことができます。カフェでコーヒーやワッフルをテイクアウトして、ピクニックを楽しんだり、丸1日この公園で過ごす人もいますよ」と、吉岡さんはうれしそうに笑います。
最近では、駐車場に県外ナンバーの車が多く停まるようになり、軽井沢で宿泊した観光客が訪れることも増えました。「農業で人と人をつなぎたい」という挑戦ははじまったばかりです。これからのふたりの活躍に注目ですが、その礎は強固につくられ、未来に向かって確かな一歩を踏み出しています。
取材・文/坂田雅美 写真/平松マキ
吉岡 秀之さん 小船睦巳さん
よしおかひでゆき こぶねむつみ
吉岡秀之さん(右)1978年生まれ。奈良県生まれ兵庫県育ち。尼崎に本社をおき、電気設備会社や飲食店、介護事業、農業など多方面に活躍するグループ会社「Hetre Group Holdings(エトゥールグループホールディングス)」代表を務める。信州のぶどう畑の美しさに感動し「自分も、あのような景色をつくりたい」と小諸市の耕作放棄地を開墾、畑作りからはじめ、2023年「Greve.t Komorokko Farm & Winery」を開設する。
小船睦巳さん(左)1988年生まれ。大阪市出身。ホテルマンをしていた時に、何かひとつのことを極めようと一念発起、ソムリエの資格を取得する。もともと下戸だったが、同じワイナリーの同じ品種でも畑が違うと味わいが違うなど「ワイン造りには冒険的な楽しさがある」と感じて、ワインのつくり手になる。
Greve.t Komorokko Farm&Winery
グレーべコモロッコファーム&ワイナリー
所在地 長野県小諸市諸東房151-1
TEL 0267-41-0042
URL https://greve-t.co.jp/
※ 見学ツアーは事前に予約サイトにてお申し込みください(90分1,500円〜)
予約サイト→ https://www.starrace.jp/tour/
YouTube「こもろっこちゃんねる」
https://www.youtube.com/@Greve.t
SHOP
ワイナリー併設
TEL 0267-41-0042
URL https://greve-t.co.jp/winery-and-shop/
営業時間 10時〜18時
定休日 月曜日(祝日の場合は火曜日)
Restaurant
飯綱山公園内
TEL 0267-31-5622
定休日 月曜日
イタリアン「GK」
営業時間 平日9時〜21時 土日8時〜21時
URL https://greve-t.co.jp/gk/
ペット可
テイクアウトあり
焼肉「KOMOJIN」
営業時間
ランチ 11時30分〜15時
ディナー17時〜21時
URL https://greve-t.co.jp/komojin/
鉄板焼き「Shu」
営業時間 17時〜21時
URL https://greve-t.co.jp/shu/