Vol.87 VINIQROBE
倉田康博さん

ピノノワールで
高山村のテロワールを表現

Vol.87 VINIQROBE<br>倉田康博さん<br><br>ピノノワールで<br>高山村のテロワールを表現

高山村に5軒目のワイナリー誕生

長野県北部に位置する高山村。年間降水量が少ない、西傾斜のため日照時間が長い、標高が高いため冷涼で昼夜の寒暖の差が大きい、砂礫質で水はけがよいなど、ワイン用ぶどう栽培に適した地域です。

高山村ではじめてシャルドネが栽培されたのは1996年のこと。その後、村内で収穫されたシャルドネで醸した「メルシャン北信シャルドネ」や「サントリージャパンプレミアム高山村シャルドネ」が国内外のワインコンクールで受賞するなど、そのポテンシャルの高さは明らかです。

2006年に高山村ワインぶどう研究会が発足すると、村内外からワイン用ぶどう栽培者や栽培予定者が集まり、ヴィンヤードが増えました。

2011年に村がワイン特区に認定されると、2015年に村内初のワイナリー「カンティーナ・リエゾー」が設立、翌2016年に「信州たかやまワイナリー」、2017年に「ドメーヌ長谷」、2018年に「MOTHER VINES(マザーバインズ)」と、次々にワイナリーが増えています。

2019年9月に開設した「VINIQROBE(ヴィニクローブ)」は、オーナーの倉田康博(くらたやすひろ)さん・裕子(ひろこ)さんご夫婦が営む、高山村で5軒目のワイナリーです。

カンティーナ・リエゾーと信州たかやまワイナリーの間にあり、どちらも徒歩圏内。初リリース以来、毎年すぐに完売するため現在はワイナリーでの販売はしていませんが、将来ショップを併設予定なので、ワイナリー巡りできる日が楽しみです
エントランスの左奥が醸造所
長野市出身の現代美術家、東城信之介(とうじょうしんのすけ)さんの作品がお出迎え

ワイン好きが高じてワインのつくり手に

ワイナリーのエントランスに入ると、1枚の絵が目を引きます。長野市出身の現代美術家・東城信之介(とうじょう・しんのすけ)さんの作品で、金属の板を部分的に酸化させたり、表面に細かな傷をつけて制作されたものです。

「私も妻もアートが好きなので」と康弘さんが言うとおり、美術作品を飾ったり、天井の梁を見せたり、樽貯蔵庫の照明にこだわったり、ぶどう搬入口の扉にエイジング加工した鉄板を貼るなど、モダンなデザインのワイナリーです。
  
康博さんは富山県出身。東京や海外で銀行や製薬会社に勤務していましたが、ワインが好きでさまざまなワインを飲むうちに「もっとワインのことを知りたい」と思うようになりました。一念発起して会社を退職した後、研修等を経て2016年に高山村へ移住しました。

「高山村は90年代から有名なワイン用ぶどうの産地。日本ワインの飲み手としてよく知っていたので、ワイン用ぶどうを栽培するなら高山村がいいと思っていました」と、当時を振り返ります。
  
2015年に長野県が主催するワイン生産アカデミーで学んだのち、飯綱町の「サンクゼール」で研修を受けました。その後は高山村で畑を探しながら、カンティーナ・リエゾーでも栽培・醸造の経験を積みました。

2016年、自社畑でピノ・ノワールの栽培を開始。2019年9月、満を持して自社ワイナリーを開設。裕子さんは康博さんを支え、ワイナリーの経営などを補佐しています。

「鉄の錆びた感じがいい」と、裕子さんの発案で、ぶどう搬入口の扉はエイジング加工後に錆止めした鉄板を貼りました
モダンなデザインの外観
北信州の春は遅く、ぶどうの芽吹きは5月中旬以降。康博さん撮影

ピノ・ノワールにこだわり栽培。よいぶどうを収穫するために

ピノ・ノワールは、雨の多い日本での栽培が難しいといわれています。康博さんは、それを理解したうえで、自分の好きなワインを造るためにピノ・ノワール主体で栽培しています。

標高650m、約1haの畑にピノ・ノワール2500本、メルロー1200本を植栽していますが、厳しく房の管理をおこない、少しでも未熟な粒や病果があれば徹底的に取り除くので収穫量がどうしても少なくなってしまいます。

もともと皮が薄く粒同士が密着しているピノ・ノワールですが、雨が降ると水分を吸って実がふくらんで割れてしまい、そこからカビが生えて傷むこともあります。8月から9月にかけての気候が一番大切なので、その期間はとくに気をつけて畑を見回り、樹の管理を徹底しています。

現在、クローンちがいのピノ・ノワールを10種以上栽培していますが「よいぶどうはクローンや台木との組み合わせによる影響が大きいのではないか」と考え、その中からよいと思われるクローンの苗木を選んで増やしています。

しかし、クローンだけではなく水の流れや土壌の状態など、ほかの理由も考えられるので、検証結果が出るのは何年も先です。ワインぶどう栽培の長い歴史から見れば高山村のワイン用ぶどう栽培はまだはじまったばかり。
「歴史の最初の方にいるのだから仕方ないですよね」と、ぶどう栽培は長い目でみることが重要だと考えています。

畑は今後も少しずつ増やしていく予定です。ワイナリー横の林の奥は沖積土で、粘土質ですが石だらけで水はけの良い圃場です。もう少し標高の低い別の畑は、日本によく見られる火山灰土。標高や土壌がちがうので、ワインにもそれぞれちがった特徴が出てくるのではないかと期待しています。

康博さん撮影。澄んだ青空の下、整然と並んだぶどう畑。実際にぶどうが収穫できるようになると、ワイナリーも開設したいと思うようになりました。
康博さん撮影。未熟な粒や病果を徹底的に取り除いた美しい房。

完熟を待って区画ごとに収穫・醸造

ピノ・ノワールとメルローのみを栽培し、赤ワイン専門で醸造していくと決めている康博さん。同じ品種でも栽培している区画によって熟すスピードがちがうので、完熟を待って区画ごとに収穫し、それぞれ分けて醸造しています。

10〜11月くらいにステンレスタンクでの発酵が終わると、木樽に移して熟成させます。そのときも区画ごとに分けて、最低でも1年は熟成させてから3〜4月にかけて瓶詰めをします。なかでも特に長期熟成に向くワインはさらにもう1年熟成させ、特別なキュベにすることもあります。

木樽に入れたワインは土間の貯蔵庫で保管。土間は自然な室温・湿度調節の助けになると考えられ、海外でもよく見られる様式です。繊細なワインは温度変化に敏感なので、貯蔵庫内が15℃以上にならないように温度管理を徹底しています。

醸造では、ぶどうの果皮や種子、果肉や梗を一緒に醸す「全房発酵」を試したり、酵母を無添加で醸すことも。前年度の成果をもとに試行錯誤しつつ自分の目指すワインに近づけたいと考えています。

夫婦で試飲して方向性を決めていますが、裕子さんはカリフォルニア大学デービス校のワインコースを卒業し、ワインエキスパートの資格を持つ心強いパートナーです。
「ブルゴーニュのピノノワールも好きでよく飲みますが、気候も土壌もちがうこの高山村で、風土や空気感まで表すような自分たちのワイン造りがしたいですね。繊細で優美、香り高く、和食にもあうワインをめざしています」

今まで飲み手としてたくさん飲んできたからこそ、味にこだわり、手間と時間を惜しまずにワイン造りをしています
木樽の下は土間。30cm下は土で、その上に細かい砂利を敷いて固めた後に大きな砂利を敷いています
ワインのラベルは、東京バレエ団のソリスト・政本絵美さんの写真。5分間3セット踊ってもらい、約4000カット撮影した中から、すべて異なるカットをラベルに使用しています

ワインを通じて出会った仲間に感謝

同じ銘柄のワインでも、ワイン会で飲むのか、家族と飲むのか、ひとりで飲むのか、さらにあわせる料理によっても印象が変わります。
「飲む人によって感じ方は変わり、それぞれの受け止め方があってよい。同じものは存在しない」という想いを込めて、ワインのラベルは1本1本デザインが異なる、1点ものにしました。

倉田さんご夫婦と交流のある音楽家・神田勇哉さんが所属しているフルート奏者のグループ「マグナムトリオ」が演奏する曲に合わせて、東京バレエ団のソリスト・政本絵美さんが即興で踊り、約4000カット制作したもののなかから「今年は1番から1500番まで」というように選んでいます。

東京フィルハーモニーの主席フルート奏者でもある神田さんや、神田さんの妻でNHK交響楽団フルート奏者の梶川真歩さんとは、親しいワイン仲間を通じて知り合いました。政本さんは、その梶川さんからの紹介でした。

「神田さんご夫婦がワイナリーを訪れたときに、小さな演奏会を開いてくれることもあります。うちのワインは毎年のように美しいフルートの演奏を聴いて育っています」と康博さんは、ほほえみます。
「ワインの道に進まなかったら、こんなすてきな出会いはなかった」と、ワインがつなぐ出会いに感謝しつつ、今日もワイン造りに邁進します。

倉田康博さん

くらた やすひろ

富山県出身。東京や海外で50歳すぎまで会社勤めをしていたが、ワイン好きが高じてワインのつくり手に。2015年、長野県のワイン生産アカデミー受講。2016年、高山村に移住。ワイン用ぶどう栽培をはじめる。初ヴィンテージは2018年、カンティーナ・リエゾーにて委託醸造。2019年、VINIQROBE開設。ピノノワールを主体に赤ワイン専門で醸造している。

VINIQROBE

ヴィニクローブ

所在地 上高井郡高山村黒部4048-3
MAIL viniqrobe★gmail.com
( ★を@に変えてください)
URL ヴィニクローブ
Instagram インスタ ヴィニクローブ
※ ひとりで作業しているため、来訪はご遠慮ください
※ ワインの直販はしていません。最新の取り扱い酒店はInstagramにてお知らせしています

取材・文/坂田雅美  写真/平松マキ
2024年01月30日掲載