Vol.86 八ヶ岳はらむらワイナリー
鎌倉宏吉さん

標高1000m、爽やかな高原のテロワールを求めて

Vol.86 八ヶ岳はらむらワイナリー<br>鎌倉宏吉さん<br><br>標高1000m、爽やかな高原のテロワールを求めて

原村初のワイナリー誕生

八ヶ岳山麓西南部のなだらかな傾斜地に広がる高原地帯にある原村。「日本で最も美しい村連合」に加盟し、未来に残したい特徴として、八ヶ岳の裾野に広がる豊かな自然と農地が調和した農村景観や、土蔵の鏝絵(こてえ)が認められた美しい村です。

標高
900〜1300mに位置し、冷涼な気候ですが、地球温暖化などで栽培適地が高地に移ってきたことや、晴天率が高く昼夜の寒暖差が大きいこと、山や谷が少なく日照時間が長いことなどからワイン用ぶどうの栽培に適していると考えられ、近年ワイン用ぶどうを栽培するヴィンヤードが増えています。

2020年にはワイン特区に認定され、村がぶどうの苗木や資材購入の補助、6次産業化のための機械購入や施設の建設費用の補助など後押しするなか、202210月に村内にある土建会社「昌栄」が原村初のワイナリー「八ヶ岳はらむらワイナリー」を開設しました。

醸造責任者を務める鎌倉宏吉(ひろよし)さんは群馬県出身。大手酒造メーカーでビールの営業を担当していましたが、さまざまなお酒を知るうちにワイン造りに興味を持つように。定年退職後は原村にある父の実家と畑を継ぎ、ワイン用ぶどう栽培をしたいと考えていましたが、2019年にその父が病気で亡くなります。

それまで元気だった人が急に亡くなる現実を目の当たりにして「気力体力があるうちに」と、53歳で早期退職して2020年に千曲川ワインアカデミー6期生となり、ワイン用ぶどうの栽培や醸造の勉強をはじめました。

「父は、その年の正月に会ったときは元気だったのに病気発覚から1か月で亡くなったんです。私自身、子どもに手がかからなくなりましたし、やりたいことがあるなら早く向かったほうがよいと思いました」と、当時を振り返ります。

千曲川ワインアカデミーのカリキュラムを修了した後、自身のワイナリー開設を視野に「信州たかやまワイナリー」で 2年間研修を受けました。その頃、昌栄の代表取締役である清水昌敏さんと出会います。

清水さんは鎌倉さんが原村でワイン用ぶどうの栽培を計画していることを知り「原村でもワイン用ぶどうを栽培する生産者が増えているので、ワイナリーを開設したい」と願い、醸造責任者として鎌倉さんを誘いました。

「よいお話をいただいた」と感じた鎌倉さんは2022年6月に入社。八ヶ岳はらむらワイナリーはふたりの出会いからはじまったのです。

2021年にワイン用ぶどうを定植。収穫できるようになるのは、2024〜5年ころ。それまでは長野県内の生産者からぶどうを購入してワインを造ります(写真はワイナリー提供)

高冷地ならではのぶどうを見極める

自社畑は1.5haあり、その多くは地元の人から引き継いだ田んぼです。水が抜けないように表土の下が硬い地盤になっているので、その部分を崩して水はけが良くなるように傾斜化。栄養分がなにもないので、もとの表土をその上に戻して整備しました。

栽培は、昌栄の姉妹会社で、ビニールハウスでトマト栽培をしている農業法人「きよみず農園」が担当しています。2021年にメルローを1000本定植、その後シャルドネ、カベルネ・フラン、シラーも定植し、これからも畑を広げていく予定です。

原村の冬は最低気温が−15℃ほどになるので、ぶどうの木にわらを巻いて冬越しさせます。シャルドネやソーヴィニヨン・ブランなどいくつかの品種は標高の高い場所でも完熟することがわかってきました。夜温が下がるので、ぶどうの酸が落ちることなく、完熟するまで収穫を長くひっぱることができます。そのため、より香り高いぶどうが収穫できるのではないかと期待しています。

原村の最低気温は−15℃。積雪がほとんどないのでわら巻をしないと木や根っこが凍ってしまいます。これからわら巻をするため、定植した苗木の横にわらを準備中
左のビニールハウスがきよみず農園。右奥が八ヶ岳はらむらワイナリー
昌栄の代表取締役、清水昌敏さん(左)と、八ヶ岳はらむらワイナリー醸造責任者の鎌倉宏吉さん
清水社長自ら整地。「〝これからはワイン用ぶどうだ。お前に貸すから好きに使え〟と、地元の人が協力してくださり、まとまった畑を借りることができました」

原村らしいワインを目指して

ワイナリースタッフは少数精鋭の4名です。作業効率を高めるため、ワイナリーの設備も重要です。とくに目を引くのは、四方に巡る排水溝と脚の長いタンクです。どこで作業しても排水口が近くにあるので、水を流しながら楽に掃除をすることができます。脚の長いタンクは発酵を終えたワインを引き抜いた後に残る果醪(皮や種など)の掻き出しを行いやすくなります。

信州たかやまワイナリーでの経験や同ワイナリーの醸造責任者、鷹野永一さんからのアドバイスを受け、機能的で清潔な醸造所になるよう設計や設備にこだわりました。

自社畑のぶどうはまだ収穫できないので、2022年の初ヴィンテージは長野県内のぶどうを購入して醸造します。ぶどうのポテンシャルを最大限に引き出せるよう、搾った果汁に合わせて酵母を選択、メルローでロゼと赤、シャルドネで白ワインを醸造する予定です。

スタッフのひとり、佐藤吉司(よしじ)さんは「ワイナリーやつくり手によって発酵のピーク時の温度が違います。うちは25℃くらい。原村は冷涼な気候なのでタンクのジャケットに温水を流してワインを温めています」と、八ヶ岳はらむらワイナリーならではの個性が表現できるよう、ワインを見守ります。

鎌倉さんの目指すワインは「タンニンがまろやかで、品種由来の香りや持ち味が引き出されたワイン」です。飲み手であるお客様が、その品種に期待する香りや味のイメージに応えつつ、原村ならではの個性がしっかり表現されたワインを造りたいと考えています。

自社畑のぶどうが収穫できるのは2024〜2025年。選果を厳しくおこない、健全なぶどうのみで造る予定です。「これだけ標高が高いところはめずらしいですから、きっと原村ならではの個性がでると思います」と、鎌倉さんは期待しています。

ルモンタージュ(タンク内の液体を循環させ、タンクの下から抜き、ポンプを使って上からかける作業)を行い、赤ワインの色づきやタンニンの抽出をよくしたり、発酵中に酸素を供給することで酵母を活性化、発酵を促進させます
上からタンクを覗き、見た目の状態、香りを確認。分析データをもとに発酵の進み具合などを調べて必要な作業を行います
すっきりとまとめられ、整然とした醸造所内。温水や冷水がチラーからそれぞれのタンクへ循環できるようになっています
新樽がたくさん並んだ貯蔵庫。木樽で熟成すると、樽に含まれる成分がワインに抽出され、樽の香りがワインに移ることで、ワインの味わいや香りがより複雑に

鎌倉宏吉さん

かまくらひろよし

1966年生まれ、群馬県出身。大手ビール会社に勤務していたが、父の急逝をきっかけに53歳で早期退職。原村に移住し、父の実家と畑を継ぐ。2020年、千曲川ワインアカデミー6期生。信州たかやまワイナリーにて2年間研鑽を積む。2022年6月に八ヶ岳はらむらワイナリー入社、醸造責任者を務める。自身でも1.2haの畑でぶどう栽培を行う。栽培品種はソーヴィニヨン・ブラン、シャルドネ、カベルネ・フラン、ゲヴェルツトラミネール、シラーなど多数。

八ヶ岳はらむらワイナリー

やつがたけはらむらワイナリー

所在地 諏訪郡原村8926-1
電話 0266-78-5812
FAX 0266-78-5813
※ショップは2023年4月に併設予定。来訪時は事前連絡してください

取材・文/坂田雅美  写真/平松マキ
2023年02月02日掲載