vol.84 HASE de KODAWAAR WINERY
長谷川福広さん、洋子さん
土壌を生かした草生栽培で
松本平のテロワールを表現
松本平は、梓川と犀川を挟んで松本市と塩尻市周辺を含む盆地です。昼夜の寒暖差が大きく、降水量が少ないため、糖度の高い凝縮されたぶどうが実ります。そして北アルプスから強い南西風が吹き下ろすので病果になりにくく、ワイン用ぶどう栽培に適した地域です。明治初期から日本ワインの先進地としてぶどうが栽培されてきた桔梗ヶ原が有名ですが、その他のエリアでも次々とワイナリーが誕生しています。2022年6月に、長谷川福広(はせがわよしひろ)さんが妻の洋子さんとともに開設した「HASE DE KODAWAAR(ハセ・ド・コダワール)ワイナリー」もそのひとつ。松本市で2軒目のガレージワイナリーです。
福広さんは、新潟県出身。千葉大学で農芸化学を専攻し、土壌学などを学んだのちに肥料メーカー勤務を経て、海外で活動したいと青年海外協力隊に入隊します。アフリカのサバンナにある、ノルディックカントリー(デンマーク・スウェーデン・ノルウェー・フィンランド・アイスランド)の調査施設に配属され、イギリス人の専門家のもとで土壌を調査しました。政府がそのデータをもとに地域に適したいろいろな作物や建物をつくるのですが、長谷川さんの配属されたチームが調査した地域にはコーヒーの木が植栽され、タンザニアの新しいコーヒー産地のひとつになりました。福広さんは「少しはその国に住む人たちの役に立てたかな」と、懐かしそうに当時を振り返ります。
その後29歳で帰国し、大塚化学に入社。農薬の営業マンとして各地で勤務しました。何度目かの転勤で松本に配属されると、国宝松本城や国の特別天然記念物に指定された山岳景勝地の上高地など、文化と歴史と風景に惚れ込み、定住することに。還暦を過ぎても退職を延長して勤務していましたが「好きなことをしながら社会貢献したい」と思うようになり、64歳で退職。塩尻ワイン大学の1期生になりました。福広さんに塩尻ワイン大学を勧めたのは洋子さんです。「新聞に、塩尻ワイン大学が開校して小規模ワイナリーの開設を目指す醸造家を育てていくと書いてありました。おもしろそうだったので主人に見せると、すっかりやる気になっちゃって」とほほえみます。
卒業後は「サントリー塩尻ワイナリー」で半年間研修を受け、広島の酒類総合研究所でも学び、「GAKU FARM&WINERY」や「ベリービーズワイナリー」など、塩尻ワイン大学の同期生が開設したワイナリーの仕込みを手伝いながら実践を積み、4年後の2022年、満を持して自身のワイナリーを開設しました。
福広さんは「私の人生はだいたい30年周期です。最初の30年は知識と見聞を広げた期間、その次の30年は、それまで培った知識と経験をもとに会社と家族が幸せになるように尽くした期間。最後の30年は集大成として、いままでのすべてを注いで、どこまでいけるかわからないけれど自分の好きなことにチャレンジしたいです」と、意気軒昂に語ります。
1,1ヘクタールの圃場には、ネッビオーロ、ピノ・ノワール、メルロー、カベルネ・ソーヴィニョン、カベルネ・フラン、シャルドネ、ピノ・グリ、リースリングが植栽され、この中から適性品種を見極めていく予定ですが、特にネッビオーロに期待を寄せています。「ネッビ」とは霧のこと。霧が出る11月ころが収穫時期になるので、おいしさがピークに達するまで収穫を引っ張ることができます。タンニンが豊富なそのワインは長期熟成に向いた寿命の長いワインとなるはずです。
「ぶどうが健全に育つには土壌も重要な要素のひとつ」と福広さんは考え、地中にもともといる微生物を大切にするため草をむやみに刈らずに根っこを残し、刈った草は緑肥として畑へ撒いて土に戻しています。ともすれば、草は脱水の原因や害虫の巣になるので適切に見極めて対処しなければなりません。例えば、梅雨が終わると植物同士で水分を取り合うようになるので、そうなる前に草を刈って勢いを削ぐなど、ぶどうと共生できるよう草刈りのタイミングに気を配り、自然の力を利用した草生栽培にこだわっています。互いに助け合って生育すると考えられているコンパニオンプランツも植えましたが、コンパニオンプランツのほうが大きくなってしまったことも。よいぶどうが収穫できるように、楽しみながら実験を繰り返しています。
また、福広さんは「化学肥料を否定しませんが」と前置きした上で、古代の海中の海棲貝類が堆積して化石化したものを砕いた石灰質肥料を使うなど、なるべく自然に近く、ぶどうや土にやさしいものを選んで使用しています。
醸造はなるべくシンプルに
福広さんはその土地のテロワールを表現するため、大切に育てたぶどうは、あまり人の手を加えずなるべくシンプルに醸造したいと考えています。そのため、悪い菌が発生するなどのトラブルを回避できるように低温で醸造するなど、温度管理を徹底しています。
赤ワインは、アッサンブラージュも造る予定ですが、どの品種をどのような配合で組み合わせるか、委託醸造のときから研究を積み重ねてきました。そのうえで酵母の選択など試したいこともたくさんあり、自社醸造初ヴィンテージとなる今シーズンの造りをとても楽しみにしています。赤ワインはミディアムライトながら、しっかりとした味わいで長期貯蔵にも耐えるタンニン豊かなタイプ、白ワインは飲みやすくてコクのあるタイプのワイン造りを目指しています。
ワインのラベルは諏訪在住の七宝焼作家ユニット「アトリエ・ヴェルデ」の平林義教(ひらばやし よしのり)さんにキャラクターデザインを依頼しました。赤ワインラベルのモチーフは、今は亡き愛犬のこゆきちゃんです。いつも身近に感じていたいとラベルに残しました。こゆきちゃんがワインを飲んだり、酔ってワインボトルを抱えている愛らしいデザインです。白ワインラベルには愛猫のてまりちゃんとすみ丸くんが描かれています。
塩尻ワイン大学の仲間とともに
委託醸造で造ったワインをイベントに出品したときに「桔梗ヶ原のワインは知られていても、そのほかのエリアで造られたワインはあまり知られていない」と感じました。松本でもワインが造られていることを知ってもらえるように、ワインをたくさん造って販売していきたいと考えています。そのためには近隣のワイナリーやヴィンヤードとも協力して、ぶどうの収穫量を増やしたり、ワインツーリズムで地域を盛り上げたりしていくことも大切だと福広さんは考えています。
幸い、HASE DE KODAWAARワイナリーから車で10分の距離に、塩尻ワイン大学1期生で同期の「GAKU FARM&WINERY」の古林利明さんや「丘の上ワイナリー幸西ワイナリー」の幸西義治さんもいます。同じ山の斜面にそれぞれのワイナリーやぶどう畑が並び、気の置けない仲間たちからは「兄弟みたいだね」と、いわれることも。よりテロワールを感じてワインを飲んでもらえるようにワイナリーに試飲ができるショップも併設しました。松本平で切磋琢磨する大切な仲間とともに、新しい挑戦は続きます。
(取材・文/坂田雅美 写真/平松マキ)
長谷川福広さん、洋子さん
(はせがわよしひろ、ようこ)
福広さんは1953年生まれ。新潟県出身。26歳〜29歳まで青年海外協力隊に入隊し、サバンナで土壌調査をしていた。2014年に開講した塩尻ワイン大学の一期生。音楽ユニット「 Perfume 」の大ファン。コンサートに行き、洋子さんとともにPerfumeのTシャツを着てペンライトを振り、ダンスも踊ることも。
妻の洋子さんは福島県出身。「いろいろな人のご縁でここまでこれたお父さんは幸せ」と、福広さんをあたたかく支える。
初ヴィンテージは2020年。ベリービーズワイナリーにて委託醸造。
HASE de KODAWAAR WINERY 寿醸造所
ハセ・ド・コダワール ワイナリー
所在地 松本市寿小赤665-4
電話 090-1829-6203
URL https://hasedekodawaar.jp
畑にいて不在の可能性があるので、ワイナリーを訪れる際は事前に連絡をお願いします