Vol.2 はじめての授業
ワインは古代メソポタミアから
5月12日から、いよいよ授業が始まりました。これから基本的に毎週2回、来年の3月まで続きます(講義がお休みの月もあります)。
1コマ90分の講義を1日3コマ。流れはこんなかんじ。
①10:30~12:00
お昼休憩
②13:00~14:30
③15:00~16:30
第1回は代表取締役の玉村豊男さんによる「世界のワインとぶどうの歴史から考える」。
古代メソポタミアから始まったといわれますが、ローマ帝国の繁栄とともに広がったワイン。紀元前からの歴史ですよ!
日本では、明治初めにワイン造りがはじまったので、その歴史はまだ140年。政府の殖産興業政策でワイン造りが推奨されますが、本格ワインは受け入れられず、甘味料を入れた甘口ワインの時代が長く続きます。
ようやく辛口ワインが甘口ワインの消費量を上回ったのは1975年。さらにぶどう栽培からはじめるワイナリーが増えてきたのが2000年以降のこと。
まだまだ発展途上国どころか、世界の歴史から見ると、産声を上げたばかりといってもいいでしょう。
なぜ日本でワインを造るのか
そのうえで玉村さんから問われたのは「日本でなぜワインを造るのか?」ということ。日本伝統の日本酒があるのに、なぜワインの世界に入り、自らワインを造ろうとしているのか。
自分も以前から考えていたことでした。自分なりの答えは…
——土地の個性(気温、日照、雨量、土壌、地形など)が大きく関与するワインは、自分が生まれ育った町、坂城の個性を映し出せる。またワインを取り巻く環境(景観、荒廃農地の解消、ワインツーリズムなど)が資源になり、飲むと楽しくなり、食卓を彩り、コミニケーションドリンクとして人を繋げ、人生を豊かにさせる——
そんなワインを造りたいと思っています。
最初は単純に「紹介しているうちに自分でも造りたくなっちゃった」のですが、日本のワインの現状を知るうちに、それだけじゃいけないんじゃないか、黎明期の今、自分にできることがあるのではないかと思いはじめました。
日本でワインを造るというのは簡単じゃありません。良いものができるまでに長い年月が必要です。でも逆に考えれば、うまくいけば永く続けられるということです。自分たちの次の、その次の世代にも残せる産業ということです。
そして、ワインを飲む人は世界中にいます。世界がお客様です。新興産地で成功しているニュージーランドは1973年にソーヴィニョン・ブランの植樹と醸造の成功が転機となって、今では輸出製品の第6位にまでなっています。
ただ、これは日本にとってはまだまだ先の話。まず地元にワインを根付かせることが大切です。そのためにも質、価格ともに良いワインを造らないといけませんね。
さて、がんばって勉強だー!
著者
成澤篤人
シニアソムリエ
1976年長野県坂城町出身。イタリアンレストラン「オステリア・ガット」ほか長野市内で3店舗を経営。NAGANO WINEを普及するための団体「NAGANO WINE応援団運営委員会」代表。故郷・坂城町にワイナリーをつくるため、2015年春からアルカンヴィーニュ内に設置された日本初の民間ワインアカデミー「千曲川ワインアカデミー」で第1期生として学びます。
日本ワイン農業研究所
アルカンヴィーニュ (ARC-EN-VIGNE)
「ARC」は「アーチ(弧)」を意味し、人と人をワインで繋ぐという寓意を込めています。フランス語で虹のことを「アルカンシエルARC-EN-CIEL」(空にかかるアーチ)といいますが、その「空CIEL」を「ブドウVIGNE」に代えて、名づけられました。ブドウ栽培とワイン醸造に関する情報を集積する、地域のワイン農業を支えるワイナリーとして、また、気軽に試飲や見学ができ、ワインとワインづくりについて楽しく学び、語り合うことができる拠点です。