Vol.15 ワインの香りは奥深く

Vol.15 ワインの香りは奥深く

科学的視点から栽培や醸造を考えるー色とタンニン

広島から独立行政法人酒類総合研究所の後藤奈美さん、藤田晃子さんにお越しいただき、話をうかがいました。

後藤さんからはまず、「ブドウの色素」について。
赤ワインの色は主に果皮に含まれる「アントシアニン」という成分によるものです。
ブドウの房に日光がよーく当たると、ワインの色がより濃くなるイメージがありますが、着色のピークを過ぎた後で高温になると色づきを阻害されます。また、着色開始より先に高温になりすぎると果皮のタンニン成分が減少して、こちらも色づきが悪くなります。 枝の仕立ては房への日の当たり方も考慮して行わなければいけませんね。

次は「タンニンと醸造の影響」について。
果皮に含まれるタンニンはやわらかな渋みですが、種に含まれるタンニンは荒い渋みなのだそう。 強く搾りすぎると種の渋みが強出てしまうので、品種や目指すワインのスタイルに応じて考えることが必要です。

まだまだ科学的に解明されていないことがたくさん。さらに研究が進み、日本ワインが成長できるよう研究機関とワイナリーがお互いに連携して協力することが大切

科学的視点から栽培や醸造を考えるー香り

藤田さんからは「ワインの香気成分」についてお話をうかがいました。
ワインの香りは何百もの成分で成り立っています。 マスカットのようにブドウそのものの品種香を持つものもありますが、ワインになってはじめて品種特徴香がでるものがほとんど。

酵母が分解し、いろいろな成分がひとつになったときに感じる香りを「前駆体」というのですが、濃度はmg/Lで表示するものからng/L(ナノグラム … mg/Lの1/1000000)で表示するものまでさまざま。また、濃度が濃いほど香りが強いというわけではなく、 香りの閾値(反応を引き起こすために必要な最小、あるいは最大の値)の何倍含まれているかが重要です。

たとえば、カベルネ・ソーヴィニョンから感じられる“ピーマンのような”香りがありますが、これはメトキシピラジンという物質によるもの。 MP香とも呼ばれ、あまり多いと良くないとされている香りです。閾値が低いので少量でも感じる香りですが、成熟度を上げたり、日光によく当てると、減少させることができます。
つまり、収穫時期を遅くしたり、晴天が続いた後に収穫すればMP香を抑えられるということになります。

次の授業は色んな物質の水溶液の香りを嗅ぎました。
エステル類(酢酸イソアミル・バナナの香り)、テルペン類(リナロール・スズランの香り)、チオール類(メルカプトヘキサノール・柑橘の香り)、ダイアセチル(バターの香り)など16種。 さらにそのうちのいくつかの物質を白ワインと赤ワインに混ぜて11種。
2013年、ニュージランドの研究者らが、人が持つ遺伝子によって香りの感じ方が違うことを明らかにしたのですが、例えばピノ・ノワールに含まれる「β-イオノン」という物質のスミレの香りを感じない人がいるのだそう。

実際にアカデミー生のなかにもスミレの香りを感じない人が何人かいたのですが、僕もあまり強く感じることができませんでした(ということはピノ・ノワールの良さを分かってないのか…)

しかし、隣の席のアカデミー生はその香りを強烈に感じたそうです。このほかにも人によって感じ方が異なる物質がまだあります。

こちらは水溶液のテイスティング

匂いの不思議

別の日のお話になりますが、東京大学大学院の東原和成(とうはら かずしげ)教授にお越しいただき話をうかがいました。

東原教授は、“匂い”について色んな研究をされている方で、Vol.13の授業で話をうかがったワイナリー、農楽蔵の佐々木佳津子さんやVol.10で話をうかがったワインジャーナリストの鹿取みゆきさんらと共著で『においと味わいの不思議』という本を出版されています。
私も読んだことがあるのですが「ワインの香りの正体とは何か」「おいしいとはどういうことなのか」などを、分かりやすく説明した内容で 、著者のお話を直接聞くことができて面白かったです。

まず匂いの歴史からはじまり、味覚との関係性など、人間が匂いをどう捉えて感じるかを科学的に説明していただきました。 藤田晃子さんの授業でも触れましたが、人によって感じない匂いがあったり、同じ匂いでも良い匂いに感じる人と嫌な匂いに感じる人がいるそう。
健全なワインのなかにも、 “足の匂い”や“生ゴミ”と言った不快臭が含まれています。 単体では嫌な匂いでも、ほかの成分と合わさると良い香りに感じることもあるそう。ファッションブランドの シャネルは、香水の成分の中に“アルデヒト”(二日酔いやカメムシの匂い)を入れたことにより大ヒットしたというお話もうかがいました。

東京大学大学院の東原和成)教授
テーブルワインでも、高級なワインでも、味わうときは口と鼻、認識するのは脳。匂いのしくみを科学的に知ることで、ワインへの理解をより深める

生産者もワイン販売のための表現と説明が求められる

ワインテイスターの大越基弘(おおこし もとひろ)さんに話をうかがいました。
私と同じシニアソムリエで、同じ1976年生まれ(といっても、レベルは全然違います…)。
日本とフランスを往復しながら最新の情報を専門誌で発信したり、アカデミー・デュ・ヴァンの講師を務めるなど、多岐にわたり活躍している方です。一度お会いしてみたいと思っていたのでとても楽しみにしていました。

国税庁の調べによると、ワインの消費数量が過去最高になり、第7次ワインブーム到来。新世界ワインと日本ワインがけん引しているといわれているなか、メーカーズディナーやワインイベントが各地で開催されるようになり、ワインのつくり手さんもワイン販売のための表現と説明が求められるようになってきました。

ということで、まずはテイスティングの基本から。 今まで授業でおこなってきたテイスティングは生産者寄りのものでしたが、今回は販売する側(ソムリエ、酒販店など)のテイスティング講座です。 私の専門はもともとこちらですが、改めて学ぶことができ、勉強になりました。

完全ブラインドによるテイスティングは全9種。特に面白かったのが白ワイン3種のテイスティングです。
Aのワインはやや強さを感じ、Bはまろやかでやわらかく、Cは軽めでさらっとしていますが、この3種はそれぞれ何となく似てるというか、ほぼ一緒のワインに感じます。それもそのはず、3種とも同じ製造工程で造られたスイスのシャスラ種。しかも、同じ生産者。土壌だけが違うワインだったのです。 パーっと飲んだだけでは違いを見逃してしまいそうです。

同じ生産者、同じぶどう品種、同じ製造工程であっても畑が違うと味わいは変わる。テロワールを表すワイン造りのは生産者の憧れ

また、大越さんはいろんな飲食店からワインリストの作成や料理とワインのマリアージュを依頼されているのですが、なぜその店あるいはその料理にそのワインを選んだのかということもお話しいただき、ソムリエとしても、とても勉強になる講座でした。

著者

成澤篤人

シニアソムリエ
1976
年長野県坂城町出身。イタリアンレストラン「オステリア・ガット」ほか長野市内で3店舗を経営。NAGANO WINEを普及するための団体「NAGANO WINE応援団運営委員会」代表。故郷・坂城町にワイナリーをつくるため、2015年春からアルカンヴィーニュ内に設置された日本初の民間ワインアカデミー「千曲川ワインアカデミー」で第1期生として学びます。

日本ワイン農業研究所
アルカンヴィーニュ ARC-EN-VIGNE


ARC」は「アーチ(弧)」を意味し、人と人をワインで繋ぐという寓意を込めています。フランス語で虹のことを「アルカンシエルARC-EN-CIEL」(空にかかるアーチ)といいますが、その「空CIEL」を「ブドウVIGNE」に代えて、名づけられました。ブドウ栽培とワイン醸造に関する情報を集積する、地域のワイン農業を支えるワイナリーとして、また、気軽に試飲や見学ができ、ワインとワインづくりについて楽しく学び、語り合うことができる拠点です。

http://jw-arc.co.jp

2016年04月11日掲載